連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「そうか。園さん、ありがとうございます。うまく行くかどうかはわかりませんが、真っ暗ななかに光が見えたような気がします」
「では、句作のお邪魔になってはいけないので帰ります。がんばってくださいね」
「はい。――あ、そうだ、せっかくなのでひとつお聞きしたいのですが、河野五郎兵衛という方をご存じですか」
「名前だけは存じております。父が申しておりました。河野はたいしたやつだ、ひと助けというのはなかなかできるものではない、ああいう役に立つ人物を辞めさせるというのはよろしくない、と。父は他人をほめることは滅多にないので、覚えておりました」
「そうですか……」
 なんとか河野を助けねば、と雀丸は思った。

 大坂の町に悲鳴と落胆の声があふれた。
「こんなに買(こ)うたのに紙屑や! ○○のアホーッ!」
「行けると思たんやけどなあ。借金どないして返そ」
「うわあああ、嫁はんになんて言うたらええんや」
「くそーっ、俳諧なんかこの世から消えてしまえ」
 句合わせの短冊を大量に購入していたものたちである。二回目の句合わせの結果を載せた摺(す)りものを見て、悲痛な叫びを発しているのだ。大穴狙いで、より儲かる投句者に思い切って賭けた連中だ。
 しかし、なかにはにやにやしながら、
「梨考(りこう)と露封(ろふう)が残ったか。やっぱり玄人やな。たいしたもんや」
「とどのつまりはこのふたりのどっちかになるねん。一番人気やさかいもらえる金は少ないけど、負けることはない。わしは梨考にこれだけ突っ込んだんや」
「うわあ、えらい額やがな。もし梨考があかんかったらどうするねん」
「そう思て、露封もこれだけ買うとる。どっちに転んでもちょっとは儲かる」
「とにかく明後日の天神(てんじん)さんには這(ほ)うてでも行かなあかん。こらおもろなってきた」
「まさに梨露(りろ)の争いになったなあ。ふたりとも必死やろ」
「けど、このもうひとり残ってるやつ、聞いたことのない名前やな」
「ああ、だれやろなあ」
 そのころ竹光屋にも盛大な叫び声が響いていた。
「どういうことじゃ! 雀丸、おまえが三人に残っておるではないか!」
 摺りものを手にした加似江の手が震えている。雀丸は、幾度となくその摺りものを見直したが、たしかに蛙の句を投じた十人のうち、梨考と露封、そして雀丸の名のうえにマルがついている。
「横堀や東西の蛙鳴き交わす、か。これはおまえが詠んだのか」
「はい」
「よい句ではないか。さすがはわしの孫じゃ」
「はあ……」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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