連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「河野はなにを選びよったかのう……『豁然と目を開くなり大蛙』……」
「お祖母さまの句ですね」
「落ちたか……」
 加似江は一瞬歯を食いしばったが、
「なれど、雀丸、これでおまえがひとまえにて即吟をせねばならぬことになったわけじゃ」
 そうなのだ。勝ち残った三名は、天満宮(てんまんぐう)の境内に作られる舞台において、行司役立ち会いのもとでその場で出される三つの題について即座に句を詠まねばならない。これまでのように考えている時間もないし、もちろんだれかに知恵を拝借することはできない。行司役は現蕉(げんしょう)と、各地から呼び寄せた有名俳人が務めるという。はっきり言って、弟子が千人もいる名高い宗匠(そうしょう)ふたりを相手にド素人の雀丸が勝つ見込みはほとんどない。しかし……勝たねばならないのだ。勝って百両を河野に渡さねばならないのだ。雀丸はあまりの責任の重さに立ちくらみがした。
「お祖母さま……」
「なんじゃ」
「無理です」
「わかっておる。勝ち目はない。じゃが、ここまで来たらひとつ思いきってドーンとぶつかって、大暴れせよ」
「相撲じゃないんですから」
「相撲じゃ。これは俳諧の相撲なのじゃ」
「なるほど……」
「相撲には八百長がつきものじゃ。雀丸、心せよ」
「はい」
 はい、とは応えたが、どうすればよいのかはわからない。あまりの緊張に雀丸は吐きそうになった。
「おまえは玄人ではないのに、ただひとり素人のなかから残ったのじゃ。天がおまえに波乱を求めておる。それに応えよ。無の心で臨むのじゃ。よいな」
 なにがよいのかさっぱりわからないが、たしかに無の心で臨むしかない。そう思って目を閉じてみた。無……無……無無無無……。
「残ったのう!」
 耳もとででかい声がして、雀丸は目を開けた。河野五郎兵衛が興奮した様子で立っている。
「よう残ってくれた。おまえに託すぞ」
「河野さん、私はド素人です。玄人ふたりを相手に勝つ見込みはありません。河野さんとあの子たちのためにがんばってはみますが、負けても怒らないでください」
「怒らぬとも。おまえが最後の三人に入ってくれたというだけでもわしはうれしい。あとは運を天に任せよう」
「はい」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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