連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ところでのう……妙なことを耳にしたもので、おまえに報(しら)せにきたのだ」
「妙なこととは?」
「わしは今、赤犬千兵衛(あかいぬせんべえ)という博打(ばくち)打ちの用心棒をしておる。難波御蔵(なんばおくら)で賭場が開かれているのだ」
 雀丸も、赤犬千兵衛とは面識があった。以前、江戸から来た渡世人と大坂の大工が揉めたとき、赤犬親方に会うために難波御蔵まで出向いたのだ。
「そこに、あの風狂庵(ふうきょうあん)現蕉という俳諧師がよう出入りしておる。あやつは博打好きで、赤犬にとんでもない額の借金があり、命が危ないところまで追いつめられていたそうだ。それが此度(こたび)の句合わせできれいに返せたうえにかなり儲かった。今も毎晩、難波御蔵に姿を見せるぞ」
「たいした出世ですね」
「それがだな、あやつが見つけた芭蕉の辞世を本ものと鑑定した利休堂の仙右衛門(せんえもん)という男がいただろう。その仙右衛門も、赤犬の賭場にえらい借金を拵(こしら)えておったのだ」
「ほう……ちょっとひっかかりますね」
「であろう。赤犬の子方(こかた)にきいてみると、仙右衛門というのは芭蕉の真筆の蒐集(しゅうしゅう)で知られてはいるが、裏では偽物(ぎぶつ)を拵えてひそかに売りさばいているらしい」
「ははあ……」
 雀丸は首をひねった。

 雀丸は、夢八の家に赴き、あることを頼んだ。夢八はふたつ返事で引き受けてくれた。
「くれぐれも危ない真似はしないでくださいね」
「わかっとりまっさ。ほな……」
 通りを歩いていても、聞こえてくる会話のほとんどは明日に迫った句合わせについてだった。梨考が勝つか、露封が勝つか、勝ったほうが大坂一の俳諧師とみなされる……そんな内容である。おそらく負けたほうの門人は大挙して勝ったほうの門下に移るのではないか、とか、勝ったほうはこれからも門人を増やし続けるだろうが、負けたほうは大恥を搔くのだから隠居するほかないのでは、などと言うものもいた。「雀丸」という名前はまるで上がらなかった。それはそうだろう、実質的には三人ではなく二人の争いなのだ。
 梨考と露封の争いが激化するにつれ、青物市場と雑喉場(ざこば)のあいだも緊張が高まっていた。町のあちこちで小競り合いが起きており、大きな喧嘩に発展しないよう町奉行所が見回りの人数を増やしていた。
 そして、とうとう句合わせ当日の朝となった。いつもと変わることなく雀丸は起床し、顔を洗った。加似江と差し向かいで、冷や飯に熱い茶をかけ、焼き味噌に鰹節(かつおぶし)を混ぜたものを菜にして食べた。食べ終えると加似江に一礼して、
「では、行ってまいります」
「うむ。はじまりは九つ(昼の十二時頃)であったな。わしもあとで参る」
 雀丸はいつもの仕事着ではなく小ざっぱりしたよそ行きの着物を着て、角帯を締め、家を出た。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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