連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 大坂天満宮はたいへんな人出だった。手に多数の短冊を握りしめているものが目につくが、だれが勝つかという興味だけでやってきた暇人も多いようだ。境内の隅に葭簀(よしず)張りの囲いが設けられており、入り口に木戸がある。ここで入場料を取るのだろう。雀丸は囲いのなかに入った。土をかためた土俵のようなものがある。そのうえに床几(しょうぎ)がいくつか並べられており、それが出場者と審判役の席だと思われた。床几の横には大太鼓がひとつ置かれている。
 現蕉はすでに来ていた。その横に立っている男の顔を見て、雀丸は声を上げそうになった。それは、青物市場に雑喉場の若いものが押しかけたとき、雑喉場衆の後ろから皆を煽(あお)っていたがに股で顔の角ばった初老の男だった。現蕉はこれ以上ないというにこやかさで、
「おお、雀丸殿。本日はよろしく」
 そのあと横の人物のほうを見て、
「こちらは俳諧師の露封殿です」
 露封はうすら笑いを浮かべて軽く頭を下げた。だが、その目は狼のような光をたたえていた。隙があればこちらの喉笛を嚙みちぎろうという目だ。
(こいつと勝負することになるのか……)
 雀丸は嫌ーな気分になった。勝つためにはどんなことでもしそうな顔つきだ。
「えーと……梨考さんは?」
「梨考殿はまだですが、おっつけ来られるでしょう。そろそろ客入れをせなあかんが、そのまえに今日の行司役をしていただく皆さんにお引き合わせいたしましょう」
 現蕉は、囲いの一番奥に置かれた横長の腰掛けに座っている五人の人物を雀丸に紹介した。ひとりずつ、どこそこ在住のなんとか派のだれだれ……などと説明されたが、もちろん雀丸にはちんぷんかんぷんだった。しかし、俳壇における「えらいひと」たちであることはわかった。そして、そのなかのひとりが、芭蕉の辞世を本物だと鑑定した利休堂仙右衛門だった。現蕉はつづけて、
「梨考殿がまだやけど、本日の句合わせの進め方を申し上げておきましょう。まず、三人に並んで座ってもらいます。太鼓が鳴るのを合図に、わしが最初のお題を出します。即吟やさかいすぐに短冊に筆で発句を書いていただき、もう一度太鼓が鳴ったら、あと少しということですので急いで作句してください。三度目の太鼓は『止め』の報せですので、筆を置いてもらいます。短冊を戻してもらい、わしが読み上げます。そのあと、行司役の皆さんに、これはと思うた一句に票を投じてもらい、天を決めます。これを三度行い、天に抜けた数が一番多かったお方が勝ちとなります。おわかりですか」
「はい」
「では、午(うま)の刻(とき)までゆるりとお待ちくだされ。――梨考殿は遅いなあ」
 そう言って、現蕉は行ってしまった。露封は雀丸をじろりとにらみつけ、
「あんた、俳諧はだれに習うたのかいな」
「だれにも習うてません。今日、ここにいるのはまぐれなんです」
「やろうなあ……ふふふふふ。そういう顔をしとる」
「は?」
「俳諧師として世渡りするには、あんたみたいなのんびりした顔つきでは土台無理なんや。もっと食いつくような顔でないとな」
「食いつくような顔ですか。けっこう食いついてますけど」
「あはははは……あんたは端(はな)から眼中にない。せいぜいええ句を詠みなはれや」
「はい。そうします」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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