連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 三人が話し合っているあいだも客入れは続き、入りきれぬものたちが表で大声を上げているのが聞こえてくる。現蕉は覚悟を決めたようで、行司役の俳諧師たちに席に着くよううながし、雀丸と露封には土俵の真ん中に立つように言った。雀丸は、まるで緊張していなかった。露封の言うとおり自分はごまめだし、発句のことよりも梨考が刺されたことが気になって、緊張どころではなかったのだ。
 ふたりしかいないことに気づいた客がざわつき出した。おそらく青物市場の連中だろう。現蕉はそういう空気のなかに出ていき、
「えー、本日は芭蕉翁辞世の句碑建立のための句合わせにかくもにぎにぎしくご来駕(らいが)を賜りまして厚く御礼申し上げます。此度の句合わせの勧進元であり、蕉翁の魂のお導きにより市井(しせい)の道具屋の反故(ほご)のなかから辞世の句を見出したのも手前でございます。ただいまより句合わせの最後の勝負を行いたいと思いますが、ひとつ……その、お報せがございます」
 現蕉は手拭いで汗を拭き、咳払いを何度もすると、
「あの……その、句合わせに加わるはずだった梨考殿が、その……急な子細が出来(しゅったい)いたし、こちらに参ることができぬようになりました。句合わせをはじめる刻限までに来られませんでしたので、残念ながら権を失うことになりました。梨考殿の発句を楽しみにしておられた皆さま、まことにもって申し訳なく、勧進元としてお詫びを……」
「雑喉場のやつらや! あいつらが先生を句合わせに出られんようにしよったにちがいない!」
 だれかが叫んだ。
「そうじゃ。あいつらやったらやりかねん」
「こんなでたらめな句合わせ、承服できん。潰してしまえ」
「おお、卑怯(ひきょう)な雑喉場の連中、どつきまわして半殺しにしたれ」
 もちろん雑喉場の衆も黙ってはいない。立ち上がると、
「なんやと、こら。だれが卑怯やねん」
「わしらがなんかしたっちゅう証拠はあるんか」
「証拠なんかいるかい。汚い真似するのは雑喉場て相場が決まっとるんじゃ」
 現蕉は必死になって、
「皆の衆、落ち着いとくなはれ。頼んます。静かにしとくなはれ」
 しかし、だれも言うことを聞こうとしない。乱闘がはじまろうとしたとき、
「待て待て待ていっ!」
 ばらばらと表から入ってきたのは東町奉行所の捕り方たちである。先頭に立って指揮をしているのは、皐月親兵衛(さつきしんべえ)である。
「公の場での喧嘩口論は上(かみ)のご法度である。おとなしく句合わせを見物するならばよし、騒動を起こすならばただちに召し捕るぞ!」
 十手を振り回して怒鳴りつける同心をまえに、さすがの雑喉場、青物市場の連中も口をつぐんで座り込んだ。
「よし、句合わせをはじめよ」
 皐月親兵衛はそう言うと、自分も土俵の隅に腰を下ろした。現蕉はおどおどしながらも、
「では、句合わせをはじめます」
 かたわらの男が太鼓を「どどん」と叩いた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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