連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「第一の勝負、題は……『月』です」
 それを聞くと、露封はただちに筆を取り、さらさらとなにかを書き上げた。
(速い……!)
 雀丸は感嘆した。月と聞いた瞬間に句ができた、ということだ。まるで矢数(やかず)俳諧並の速さではないか……。
 どどん……!
(二度目の太鼓が鳴っちゃった。どうするどうするどうする……)
 雀丸は、「子ら皆と見上げる月や」と書いた。だが、あとが出てこない。
(いかん……)
 もう言葉を選んでいる暇はない。彼が、「や」を線で消して「に」とし、「見下ろされ」と書いたのと三度目の太鼓が鳴ったのがほぼ同時だった。ふうーっと息を吐く。暑くないのに汗をびっしょり搔いている。
(これは……身体〈からだ〉に悪いぞ)
 露封と雀丸は短冊を現蕉に渡した。
「では、まず露封殿の句から読み上げます。『闇空を爪で押したる三日の月』……」
 観客からどよめきが起きた。
「つづいて雀丸殿。『子ら皆と見上げる月に見下ろされ』……」
 くすくすと笑いが起きた。
「こどもの俳諧やな」
 という声も聞こえた。雀丸は恥ずかしさに、穴があったら入りたい気分になったが、穴はどこにもないのだ。
「では、行司方、判じをお願いいたします。露封殿の句がよかった方は……」
 五人が五人とも挙手をした。雀丸に賭けているらしい少数のひとびとから落胆の声が上がった。
「第一の勝負は露封殿の勝ちと決しました。では、第二の勝負……」
 太鼓が鳴る。
「題は……『柿』です」
 またしても露封は即座に句を書きはじめ、まだ二番太鼓が鳴らぬうちに書き終えると、にやりと笑って雀丸をちら見した。
(速い。頭のなかがどうなってるのか見てみたいよ……)
 そんなことを考えている場合ではない。必死になって絞り出す。
 どどん!
(うわっ……だめだ)
 まず、「渋柿を」と書いた。
(渋柿を……渋柿を……渋柿を……)
 筆が動くままに残りを書く。三番太鼓が鳴った。現蕉が読み上げる。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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