連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「露封殿の句、『秋天を貫く柿の赤さかな』……」
 またしても客たちは唸った。
「景色が目に浮かぶな」
「ええ句やないか」
 現蕉は雀丸の句を読もうとしてかすかに笑った。そして、
「雀丸殿の句、『渋柿を流し込んだる渋茶かな』……」
 客席に失笑が広がった。
「こらあ、雀丸、なにをしとる。しっかりせんか!」
 加似江の大声に客たちは一層笑った。そのとき、
「こんなもんやらせやないか! 雀丸ゆうやつ、わざと下手な句を詠んで露封に勝たせるつもりや!」
 青物市場の若いものだった。雀丸の顔は真っ赤になった。
(やらせじゃないんですよ。まともにやって、これなんですよ……)
「そこのもの、騒ぐと召し捕ると申したはずだ」
 皐月親兵衛が十手をちらつかせると、青物市場の男は不承不承着座した。
「行司役の皆さま、判じをお願いします」
 ここでひと悶着あった。行司のひとりが、
「露封殿の句は、赤く色づいた柿の葉を言うたものか、熟した柿の実を言うたものかわからん」
 と言い出したのだ。べつのひとりも、
「雀丸殿の句は、こども染みており、川柳のようだが、柿の渋さを洗い流そうとするとそれがまた渋茶だった、という上品な滑稽がある」
 そして、なんと五人中三人が雀丸に入れたのだ。露封は苦々しげな顔で雀丸と現蕉を交互ににらみつけている。現蕉の目が泳いでおり、手が震えているのが雀丸にもわかった。
「ええ……三本勝負のうち、先の一本を露封殿が、あとの一本を雀丸殿が得ましたので、つぎの三本目にて勝敗が決します」
 青物市場の連中が、
「よっしゃ、こうなったら俺はあの雀丸ゆうやつに加勢するで。露封に勝たしてたまるかい!」
「わしもや。雀丸、一生懸命やれ」
「負けたら二度と野菜売ったらへんぞ」
「そやそや。負けやがったら往来を無事で歩けると思うな」
「とにかくがんばれーっ」
 だが、即吟の俳諧でなにをがんばれというのだろう。
 一番太鼓が鳴った。
「三つ目のお題は『水鶏(くいな)』です」
 水鶏……?
 くいな……?
 水鶏ってなんだ。雀丸はあわてた。そういう鳥がいるとは聞いているが、どんな鳥なのか、どういう鳴き声なのか、すぐには思い浮かばない。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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