連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

(くいな、くいな、くいな、くいな、くいな……)
 ダメだ。今回は本当になにも出てこない。そもそも水鶏という鳥に関する知識がまるでない。隣を見ると、露封はすでに書き上げている。さすがは本職だ。
 どどん……!
 無情にも二番太鼓が鳴った。雀丸の短冊はまだ白紙である。
(くいな、くいな、くいな、くいな、くいな……)
 三番太鼓が鳴る直前に書きはじめ、鳴り終わってから少し経ってようやく書き上げた。字配りもめちゃくちゃである。なにも身体を動かしていないのに疲労感が全身を覆っている。
「まずは露封殿の句。『商売(あきない)や小降り待つ折り鳴くくひな』……」
 客席はしんとしている。意味がいまひとつわからないようだ。露封は立ち上がると、
「これは『あきない』やのうて『しょうばい』と読んでほしい。商売人が出先で大雨にあい、小降りになるのを待っているときに水鶏の声が聞こえてきた、ということでおますが……」
 そのとき、現蕉が叫んだ。
「おお、これはすばらしい。『しょうばい』は逆さから読むと『ばしょう』、『まつお』、それに『くひ』……此度の句合わせのことが盛り込まれている。いやあ、すごい」
 それを聞いて宗匠たちも、
「なるほど。たしかに松尾芭蕉の句碑を建立する句合わせにはもってこいの句だ」
「さすがたいしたものだな」
「露封殿、あっぱれじゃ」
「いや、待て。まだ雀丸殿の句を聞いてみなければならぬぞ」
 客席からも、
「そうじゃ! 雀丸の句を早う読め!」
「露封をぶっとばせ!」
 現蕉は声高々に、
「雀丸殿の句。『饅頭(まんじゅう)を腹いっぱいに食いなはれ』……」
 客席は水を打ったように静まり返っている。応援してくれているはずの青物市場の衆たちも呆(あき)れ顔だ。終わったな、と雀丸は思った。まあ、しかたがない。ここまで来たというのがそもそもおかしいのだ。
(そう……おかしい。どうして素人の私が最後の三人に残ったのか……)
 雀丸のそんな感慨をよそに、行司役たちは全員一致で露封の句を推した。現蕉は安堵の表情で、
「これで、三本勝負のうち二本を得た露封殿を句合わせの勝者とし……」
「異論ありじゃ」
 表から凛(りん)とした声がした。雀丸はそちらを見て驚いた。あの八茶という老人ではないか。老人はひょこひょこと土俵に向かってやってくると、行司役たちに対峙(たいじ)した。行司役の宗匠たちはみなあわてふためいている。そして、全員起立すると老人に向かって頭を下げた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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