連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「あっ、食い逃げジジイ」
 雀丸が叫ぶと、宗匠のひとりが頭を下げたまま、
「これ、なにを申す。あのお方をどなたと心得る。恐れ多くも二条家から『花下宗匠(はなのもとのそうしょう)』の称を受けたる横田緑蝶(よこたりょくちょう)先生だ」
「はあ……?」
 八茶じゃないのか……と雀丸が思っていると、老人は行司役たちに近づき、
「久方ぶりじゃな」
「は、はい。宗匠にもご機嫌うるわしゅう……」
「たわけっ! おまえがたの目は節穴か! まるで行司が務まっておらぬではないか。どうせ勧進元から袖の下でももろうておるのじゃろう」
「いっ、いっ、いえ、そそそそんなことは……」
「こんなことじゃろうとわざわざ越後から出向いたのじゃ。おまえがた、よう考えよ。即吟なのに、あの短いあいだに三つも言葉を折り込めようか。わしやおまえがたでもむずかしかろう」
 緑蝶は現蕉と露封のほうを向き、
「どういう題が出るか、前もって打ち合わせしておったのじゃな」
 現蕉は、
「それはちがいます。信じてくだされ」
 露封は、
「わしの力量をもってすれば、あのぐらいの折り込みは即座にできますのや。緑蝶翁ともあろうお方がそれぐらいのこともわかりまへんか」
「黙れ! おまえたちのような点取り宗匠が俳諧を腐らせたのじゃ」
「それは聞き捨てならぬ。いつわしが俳諧を腐らせました? 言うてよいことと悪いことがありますぞ」
 そのとき、入り口から駆け込んできたのは、夢八と河野五郎兵衛、そして……。
「梨考さん!」
 雀丸が叫ぶと客たちもそちらを見た。見知らぬ男を引きずるようにして連れている河野が、
「露封というのはなにをするかわからぬやつだ、と聞いたものでな、梨考殿の家に張り込んでおったら案の定だ。ヤクザものが刃物で腹を刺そうとしたので、わしがのしてやった。だれに頼まれたかは、こやつの口から聞いてくれ」
 そう言うと、男を地面に叩きつけた。
「さあ、さきほどわしに言うたことを申せ。梨考殿を襲えとだれに頼まれた」
 ヤクザはぷいと顔をそむけたが、雀丸が静かに言った。
「もうわかっています。さっき梨考さんが無茶ものに襲われた、と聞いただけで、露封さんは『梨考が刺された』と決めつけていましたね。あれは、あなたがそう指図してあったからそう思ったんですね」
「な、なにを言う。わしは知らん知らん。知らんで。襲われた、て聞いたからヤクザもんのこっちゃさかい、どうせ刺しよったんやろ、と思ただけや」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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