連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 それを聞いたヤクザが顔を上げ、
「おい、露封……ずるいやないか。おまえ、わしに一分銀六枚渡して、これで梨考を刺してくれ、殺さんぐらいの怪我(けが)をさせるんや、て言うたやないか。あいつさえおらなんだらわしの勝ちに決まっとる、て……」
「知らん知らん知らん。みんな、こんなヤクザもんの言うこと信じるんやないで!」
 現蕉が露封に、
「あんたはそういうおひとでしたか。ようも芭蕉翁追善の句合わせを滅茶苦茶にしてくれましたな」
「なんやと? 現蕉、おまえにもぎょうさん金を渡したやないか。いまさら頬かむりか!」
「たしかにあんたからお金はいただきました。けど、あれは勝敗を決めるためのもんやない、あくまで蕉翁の句碑を建てるための寄付ゆうことでおましたがな。それやったら梨考さんからももろてます」
 緑蝶が笑いながら、
「つまりは両方から賄賂をもろうて、多かったほうに勝たせるゆう手筈(てはず)やったわけじゃな」
 夢八が声を上げ、
「それだけやおまへんで。これ、見とくなはれ」
 手に持った半紙を雀丸に差し出した。
「利休堂仙右衛門の留守中に、家をあさったらこんなもんが見つかりました」
 雀丸はそれを手に取り、一読して笑い出した。
「次郎兵衛が書いた芭蕉の辞世の文章の書き損じですね。古道具屋で見つかったものの試し書きがどうして利休堂にあるのでしょう」
「そ、それはやなあ……」
「古道具屋で見つけた、というのも、あなたが反故のなかに紛れ込ませて、見つけたふりをしたのでしょう。つまり、芭蕉の辞世というのも嘘っぱちです。あなたは芭蕉の辞世の句をでっちあげて、句碑を建てると言ってひと儲け企んだのでしょう。そうしないと賭場の借金で首が回らなかったらしいですね」
「…………」
 当然のように客が騒ぎ出した。
「おい、なんもかんも八百長やないか」
「金返せ!」
「あいつらみんな引きずり倒せ」
「やってまえ」
「わしらも雑喉場の連中もだまされてた、ゆうことか」
「許せん。露封なんぞに肩入れしたのは雑喉場の恥や」
 皆が口々にそう言い合い、われ先にと土俵に上がってこようとした。それを見た露封と現蕉は泡を食って逃げ出した。ふたりの行く手に河野五郎兵衛が立ちはだかった。
「逃がさぬぞ」
 両手を真横に広げて通せんぼをする河野に、露封が脇差を抜き払い、
「どかんかい、痩せ浪人」
「どくわけにはいかんな」
「わしはおのれと違うて、もとは立派に主(あるじ)取りをしてた侍や。傘張りやら楊枝(ようじ)削りしかしてない貧乏浪人とは剣の腕が異なるわい。どうせ刀も売り払うて竹光でも差しとるのやろ。怪我しとうなかったら去(い)ね」
「嘘をつけ。主取りをしていた武士が俳諧師になどなろうか」
「ほんまやがな。わしの本名は山瀬滝之助(やませたきのすけ)、播州龍野(ばんしゅうたつの)の脇坂(わきさか)さまに仕えて百二十石をもろうておった」
「ほほう……」
 河野は目を細めた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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