連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ならば、川浪六郎(かわなみろくろう)という同僚のことを覚えておるか」
「なに……?」
「たしかにわしの刀は竹光だ。ならば怪我をする心配もない。存分に来られよ」
 そう言うと、腰のものを抜いた。竹光とは思えぬきらめきである。露封は脇差を構えて河野の竹光を凝視し、しばらくじっとしていたが、くるりと向きを変えて土俵から飛び降り、入り口に向かって走り出した。
「おい、逃げるぞ!」
「追いかけろ」
 青物市場の連中と雑喉場の連中は共同して露封を追った。東町奉行所の捕り方たちもそれに追随した。しかし、露封は入り口から逃げると見せかけて、途中で横に曲がり、めりめりと葭簀を押し倒して表に出た。追いかけるものたちは葭簀に足を取られて立ち往生している。その隙に露封は天満宮の裏門から外へ出ようとした。雀丸と夢八も追いすがったが、露封の足は速い。雀丸は小石につまずいて転倒した。しまった、逃げられたか、と悔やみつつ、起き上がってなおも走り出そうとすると、露封がそこで止まっている。見ると、彼の向こうには数十人のこどもたちが立ちはだかり、人間の柵を作っているのだ。
「どけ! どかんかい!」
 露封は赤鬼のような形相でこどもたちを押しのけようとしているが、彼らはがっちりと腕を組み合い、一歩も退(しりぞ)かない。やがて、こどもたちは円陣を作って露封を取り囲み、その輪を狭めていった。
「くそっ……! こうなったらこどもでも容赦せんで」
 露封は手にしていた脇差を構え、目のまえのひとりに突っかかろうとした。刹那、ようやく追いついた河野五郎兵衛が刀を一閃させた。露封の脇差は根もとから折れてしまった。
「お見事!」
 思わず雀丸は声をかけた。へなへなと崩れ落ちる露封を、河野は冷ややかに見おろしたあと、雀丸に向かってにやりと笑いかけ、
「この竹光はよう斬れる」
 そう言った。

 風狂庵現蕉、利休堂仙右衛門、俳諧師露封の三人は東町奉行所に連行された。現蕉と利休堂は、博打の借金がかさみ、赤犬親方に返済しなければ命がないと脅されて今回のことを考えついたのだという。利休堂が芭蕉の辞世と次郎兵衛の書状を偽作し、それを現蕉が古道具屋に持っていって、そこで見つけたようにふるまう。利休堂は当然それを真筆と鑑定し、お墨付きを得た現蕉は芭蕉句碑建立を口実に句合わせを企画する。案の定、たいへんな数の投句があり、入花料だけでもかなり儲かった。それだけではない。だれが天に抜けるかを選ぶ籤(くじ)の短冊代は入花料を超える額が集まり、俳句合戦の入場料もとてつもない金高(かねだか)になった。しかも、現蕉は、合戦の出場者からの賄賂を平気で受け取っており、その際に、
「この金を受け取ったからといってあなたの句が天に抜けるかどうかはわかりませぬが、多少なりとも判じに手心を加えられるかもしれまへん」
 と、どうにでも取れるような物言いをしていたらしい。なかでも梨考と露封のふたりはたがいに負けてはならじと多額の賄賂を現蕉に、それも何度も渡していたようで、俳諧合戦は裏での賄賂合戦にもなっていたらしい。その賄賂の出所(でどころ)は、雑喉場と天満青物市場だった。最終的に露封の賄賂の額が梨考を上回っていたため、現蕉は露封に勝たせることを決めた。三人目として雀丸を選んだのは、彼がまるっきりのド素人なので実質一対一の戦いにするためだった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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