連載
浮世奉行と三悪人
第七話 鬼の霍乱(かくらん)の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    一

 十徳(じっとく)を着た総髪の若者が西国路(さいごくじ)を歩いている。腰には短い脇差(わきざし)を差し、手には薬箱を持っているから、おそらく医者であろう。供も連れず、急ぎ足で闊歩(かっぽ)している。途上に寺があり、紅摺(べにず)り提灯(ちょうちん)などが掲げられ、ぶっちゃけ商人(あきんど)が店を並べて賑(にぎ)わっている。
「ほう……団子か」
 腹が減ったのか、若者はそのなかの団子屋に目をとめ、門をくぐった。米の屑で拵(こしら)えたような餅に焼き目をつけ、甘くもなさそうな醤油餡(あん)をかけたしろものだが、
「一本くれ」
「へえ、どうぞ……」
 煮しめたような色の手拭いで頬かむりをした親爺(おやじ)は、熱そうに団子を手渡した。若者は串団子を頬張ると、
「なんだ、このひと出は。秋祭りにはまだ早いだろう」
「へえ、お江戸の名高いお寺のご本尊の出開帳だす。霊験(れいげん)あらたかな観音さまだそうですわ」
「なんだ、開帳か。高い拝観料を取るのだろうな」
「そらまあ、ありがたーいお仏像らしいからしかたないわな。せっかくやからあんたも拝んだらどうじゃ」
「ふん、木でできたものになんの力があるか。くだらぬ迷信だ」
「あ、あんた……ここでそんなこと言うたらどつかれるで。ここだけの話じゃが、ほんまにご利益があるらしい」
「馬鹿馬鹿しい。十文か二十文の賽銭(さいせん)と引き換えにご利益をもらえるはずがなかろう」
 親爺はまわりをきょろきょろと見回し、声を低めると、
「そらそうじゃ。うどんも買えんような十文ぐらいのはした金ではご利益はない。けどな……ほんまに信心する気があって、それなりの金を積んだらな、夜中にその観音さんが……」
 そこまで言ったとき、
「おっさん、団子くれ」
 男の子が握り締めた銭を親爺に示した。それをきっかけに若者は団子屋に背を向けた。後ろから、
「あ、あんた、ほんまじゃで。わしは聞いたんじゃ」
「はははは、聞いただけか。俺は、おのれが見たことしか信じぬ。それに、高い金を払えばご利益をくれるような神仏はクソではないか」
「な、なんじゃ、この罰当たりが!」
 罵声を背中で受け流すと、若者は寺を去った。空にはそろそろ鰯雲(いわしぐも)が連なりだしていた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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