連載
浮世奉行と三悪人
第七話 鬼の霍乱(かくらん)の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    二

 雀丸(すずめまる)たち三人はまず、少彦名(すくなひこな)神社へと赴いた。二日続けてくることになろうとは、と思いながら雀丸が境内を歩いていると、昨日はまだ影も形もなかった開帳小屋が半ばできあがっていたので驚いた。小屋といっても雀丸が思っていたような葭簀(よしず)囲いのいいかげんなものではなく、ちょっとしたお堂のような立派な建物である。どこかよその場所である程度まで作っていたのを運び込み、組み立てたのだろう。「奉納 涅槃王寺(ねはんのうじ)」という幟(のぼり)が風にはためくもとで、大勢の大工が忙しそうに働いている。その仕事ぶりを見守っている神官たちのなかのひとりに蟇五郎(ひきごろう)は近づいていった。それが宮司の向井鉦水(むかいしょうすい)だった。狩衣(かりぎぬ)に烏帽子(えぼし)といういでたちで、手には笏(しゃく)を持っている。ひとの好さそうな、にこやかな顔つきの人物だが、なぜか目が真っ赤である。
「向井さん……」
 と蟇五郎が声をかけると、
「おお、地雷屋(じらいや)さん。此度(こたび)はいろいろ骨を折っていただき、また、過分な寄進もちょうだいして……」
「なんのなんの。――横町(よこまち)奉行を連れてきましたで」
「それはありがたい」
 雀丸が挨拶をすると、
「あんたが今の横町奉行かいな。えろう若返ったもんやな。先代にはずいぶんとお世話になりましたのやが、若いほうがたのもしいわ。今度のご開帳はどうあっても首尾よう運ばなならん。ひとつ、手を貸しとくなはれ」
「なにもできませんが、お手伝いさせていただきます」
「よろしゅう頼んます」
「江戸の涅槃王寺というお寺さんとはどういうお知り合いですか」
「いや、まるでわしも知らんかったのやが、向こうから言うてきはったのや。霊験(れいげん)あらたかな秘仏不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)のことをもっと世間の善男善女に知ってもらいたいので出開帳をしたいけど、大坂になじみがない。この神社を使わせてもらえんやろか、とな。うちも、開帳なんぞ引き受けたことはこれまでないけれど、大塩(おおしお)焼けでえらい目に遭(お)うたんで、これは渡りに船やな、と。一も二もなく承知したら、えろう喜んでくれて、それからひと月ばかりしてから寺社方の『開帳差し許し』が届きましたんや。わしらもあわてて大坂ご城代へ書面を調(ととの)えて、そのあとはバタバタといろいろなことが決まっていって、今日に至る、ゆうことですわ」
 宮司はうれしそうに言った。
「だんどりよういったら坊主ならぬ神主丸儲(まるもう)けやな」
 蟇五郎が言うと、
「だんどりよういったら、て怖いこと言わんといてんか。いってもらわな困るのや。この小屋かて、ちゃんとした宮大工に来てもろとるさかい百五十両もかかっとる。どえらい物入りや」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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