連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka


「ほんまですねん。雀(じゃく)さん、信じとくなはれ」
 夢八はすがるような目つきで雀丸(すずめまる)に言った。雀丸は欠伸(あくび)をしながら竹を削っている。竹光(たけみつ)を作るには、まず材料となる竹を吟味することが大事だが、竹の良しあしを見極めるにはとにかく「削ること」なのである。削って削って削って削って……結局は使いものにならなかった、ということはしょっちゅうだ。久し振りに竹光の注文が入り、その納期が迫っていたので雀丸は焦っていた。
「信じてない、とは言ってません。なにか毛むくじゃらなものを夜中に踏みつけた……それだけじゃないんですか?」
「それだけ? 『ぐにゃっ』ていうか、『ぶにゅっ』というか……あのときの気色悪さをわかってもらえんかなあ……」
「まるでわかりません。ただのボロ雑巾か腐った箒(ほうき)を踏んだだけじゃないでしょうか」
「雑巾が動きまっか? あんな声出しまっか?」
「だったら大きなネズミかもしれません」
「それはそれで気色悪いけど、そんなんやおまへんねん。チュウとも言わんかった。もっと長い毛が固まったような……。そ、そや、足の指にこんなもんが引っかかってましたんや。見とくなはれ!」
 そう言って夢八が、二つ折りにした懐紙のなかから取り出したのは、白くて長い毛の束だった。雀丸はそれをつまみあげ、じっと見つめてみたが、綿のようにも、筆の穂先のようにも、鳥の羽根の一部のようにも思われ、つまりはなにもわからなかった。
「ウサギかもしれませんよ」
「ウサギの鳴き声はよう知らんけど、あんなでかい声で叫びまへんやろ。あれはどう聞いても妖怪変化の声でした」
「これまでに妖怪変化の声を聞いたことあるんですか」
「そ、それはないけど……これはどえらいことだっせ。大坂の町に妖しい生きものがうろついとる。みんな枕を高(たこ)うして寝られまへんわな。そこで、横町(よこまち)奉行の登場となるわけだ。妖怪の正体を見事に暴いて、町の衆に『さすがは横町奉行や。たいしたもんや。えらいもんや』とほめられる、ということに……」
「あのですね、夢八さん」
 さすがに雀丸は、削っていた竹と鉋(かんな)を地面に置き、
「いつもの夢八さんなら、そんなもの石礫でやっつけていると思いますよ。べつに嚙まれたり、引っかかれたり、襲われたわけじゃないんでしょう?」
 夢八は「礫の夢八」とも呼ばれており、そのあたりにある小石を強力な武器に変えることができる男なのである。雀丸は、夢八がじつはただの「嘘つき」ではなく、アレのアレではないか、と薄々思っているのだが、直接問いただすようなことはしていない。
「そうだすねん……。相手が人間やったらなんともないんやけど、化けもんはなあ……」
「そんなに怖いんですか」
 夢八は声を低めて、
「怖い。わたいは根っからの怖がりだすのや。今こうして話ししててもな、どこかで化けもんがこの話聞いてて、『あっ、わしの話しとる。行ってみたろ』……とか考えとるんちゃうか、と思て、怖あなってしまいますねん」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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