連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 雀丸は昨夜の夕餉(ゆうげ)を思い出した。イワシのつみれ汁にしようとしたのだが、イワシが高くて買えず、結局、ワカメの味噌汁と大根の漬けものだけというつつましすぎる献立となった。加似江(かにえ)は、
「こういうときもある」
 と笑い飛ばしていたが、雀丸は祖母にイワシすら食べさせてやれないのが少しだけ情けなかった。
(この話はお祖母さまには聞かせられないな……)
 雀丸はそう思った。
「あとは卵黄です。鶏卵が苦手な猫にはウズラの玉子がよいそうです」
 聞いていた夢八が、
「あんな高いものを……。ひとよりも高くつきまんな」
「はい。私のお小遣いではむずかしいですが、月に二、三度は食べさせてやりたいと思っております。ただし、餌は控えめにして然(しか)るべく身体を動かさせないと太ってしまいます。あと、ときどきは行水をさせねばなりません。ゴミや虫、泥などがついているので入念に……」
「あの……猫は行水を嫌がるものが多いと思いますが……」
 雀丸がおずおずと言うと、
「毛並のためですからしかたありません。寝床を清らかに保つのも大事だそうです。それから柱で爪を研いだり、ニャーニャー鳴きすぎたり、ものを強く嚙んでぼろぼろにしたりするのをやめさせ、叱るときは叱り、ほめるときはほめ、上手にできたらごほうびをあげます。猫の頭を良くするには、経文や論語を読んで聞かせるのがよいとか……」
「猫にお経がわかりますか」
「門前の小僧習わぬ経を読む、勧学院(かんがくいん)の雀は蒙求(もうぎゅう)をさえずる、と言いますから」
「えーと、そんなこと、どこでどなたが教えてくださるのですか」
「先日、南久太郎町(みなみきゅうたろうまち)を通りかかると、『仔猫から老猫まで猫の指南いたします 猫の寺子屋』という看板が上がっておりましたので、なんとなく心ひかれて入ってみますと、猫を連れたものたちが大勢いて、指南の順番を待っておられたのです。顔見知りのネコトモがいたのでたずねてみますと、このようなものをくれました」
 園は幾重にも折り畳んだ一枚の紙を広げてみせた。そこには、つぎのようなことが記されていた。

 御(おん)猫様指南要領
一、糞しのしつけの事
二、爪研ぎ、嚙み癖、引っ搔き癖のしつけの事
三、食事の事
四、見目良き毛並作る事
五、可愛らしき仕草の事
六、美しき動作の事
七、飼い主への甘えの事
八、巧みに鼠(ねずみ)捕る技の事
九、雀等捕らざるしつけの事

 ここまでの指南料月銀一分申し受け候(そうろう)
 
十、この先は秘事・大秘事にて口伝によって伝授いたし候
  但し指南料は別途申し受け候

    猫の寺子屋 猫背杓子斎(ねこぜしゃくしさい)



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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