連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 はじめは少人数の仲間内で行っていたものが、流行の過熱とともに規模が次第に大きくなっていった。鳥ならば飼鳥屋、朝顔ならば植木屋といった販売業者が商いの宣伝のために共同で出資して音頭を取り、ついには寺の境内などに舞台をしつらえ、「東西〇〇競(くらべ)」などと称して木戸銭を取り客を入れるまでになった。こうなると興行ごとである。観客のまえでは余計に負けるわけにはいかぬ。暇つぶしの趣味としてはじめたものが、いつのまにか本業のようになっていったのである。勝負の結果は番付として刷りものにされ、あまねく配られるので、なんとしても勝たねばならぬ、と趣味人たちは力こぶを入れた。
 しかし……。
(猫合わせというのは聞いたことないなあ……)
 このころ、もっとも多く飼われていた愛玩動物は猫である。犬よりも多かった。しかし、それはネズミの害を避けるためという実用的な意味合いが大きかったのだ。かつては数が少なかったため、貴族や高僧、武将などが高額で売買しあい、愛玩する貴重な存在だった猫であるが、徳川初代将軍家康が「猫を繋(つな)ぐべからずの旨」を発布し、猫に綱をつけて飼育することを禁止したため、すべての猫たちは放し飼いにされることとなった。そのため、町なかの野良猫が自然と増え、庶民は自由に猫を拾ってきて飼うようになった。また、四代家綱公のとき「猫の売買停止(ちょうじ)」の触れも出されたため、基本的に猫を金銭で売買することはできなくなったのである(個人的な売買を除く)。つまり、鳥や虫のように専門の「飼猫屋」がいなかったことが、これまで大がかりな「猫合わせ」が催されなかった理由かもしれないな、と雀丸は思った。猫好き仲間の家などでは内々に行われていたかもしれないが、品評会として公に開催されるのはこれがはじめてではないだろうか。しかも、鴻池家の肝煎りというのはただごとではないが……。
「鴻池さんが猫合わせを催されると、なにゆえ園さんがヒナを猫の寺子屋に入れねばならないのですか」
「決まってるじゃありませんか。ヒナをその猫合わせに出すのです」
 えーっ!
「まずは鴻池家の別宅で下吟味が行われるらしいのですが、それにはだれがどんな猫を連れていってもよいのです。ヒナならば下吟味は楽々通るでしょう。もしかしたら本戦で天の位に抜ける誉を得られるかもしれません。ならば、少しでもヒナに勝ちが来るように寺子屋に通わせようと思いついたのです。ただでさえ可愛らしいヒナが、寺子屋でしつけを受ければ鬼に金棒、弁慶に薙刀(なぎなた)、金太郎にマサカリ、桃太郎にきびだんご……」
 図々しいにもほどがある。俳諧のときも皆そんなことを言っていたが、この界隈(かいわい)の連中はのきなみ身の程知らずというか厚かましいのだろうか、と雀丸が思っていると、
「雀丸さん、ヒナは可愛いですよね」
「え? あ……あ、そうですね。可愛いです」
「ものすごく可愛いですよね」
「はい。ものすごく可愛いです」
「びっくりするほど可愛いですよね」
「びっくりするほど可愛いです」
「大坂一可愛いですよね」
「大坂一……」
 そこらあたりでちょっと同意しかねるようになるが、ここはしかたがない。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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