連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「大坂一可愛いです……が、猫合わせで一等になれるかどうかはわかりません」
「どうしてそんな冷たいことを言うのですか。ヒナが一番可愛いなら、ヒナが天に抜けるはずでしょう?」
「あ、いや、その……そうそう、一番可愛いのは園さんですから、園さんが一等です」
 雀丸は咄嗟のお世辞を言ったつもりだったが、
「それはそうかもしれませんが、私は猫じゃありませんから猫合わせには出られません」
 悪びれることなく園はそう言った。雀丸は園が猫のような耳を頭につけて猫合わせに出ている姿を想像した。それはそれで可愛いかもしれない。
「そ、それはもちろんそうですね。でも、どうして鴻池さんがそんなことに手を染めるようになったんでしょう」
 雀丸はむりやり話題を変えた。
「聞いた話ですが、もともと鴻池家の祖は伊丹(いたみ)で酒造りをしておりました。あるとき、一匹の猫が灰汁桶(あくおけ)をひっくり返し、その灰汁が大事な酒を醸す樽に入ってしまったので、当時の主が捨てようとして樽を覗き込むと、濁り酒がきれいに澄んで清らかになっていたのです。飲んでみると味わいもことによろしく、こうして生まれたのが今の清酒(きよざけ)だそうです。鴻池家はその諸白(もろはく)を売り出して大儲けしたあと、それを元手に大坂に出て海運や両替を手掛けて今日(こんにち)の大きな身代を築いたので、屋敷のなかには猫稲荷(ねこいなり)があって代々の善右衛門(ぜんえもん)は月々のお祭りをかかさぬそうですが、今年が清酒造りをはじめて二百五十年の節目に当たるため、猫への感謝を忘れぬために大がかりな猫合わせを催すことになったらしいです」
 夢八が首をひねり、
「ふーん、わたいの聞いた話とちょっと違(ちご)とるなあ。わたいは、主を逆恨みした手代が腹いせに灰を放り込んで逐電した、て聞いたけど……」
「まあ、諸説ある、ということでしょう」
 雀丸はそう言った。おそらくどちらも「伝説」であり、清酒の本当の製造法は秘伝として隠されているのだろう。
「なるほど、よくわかりました。もし天を取ったらどうなるのです」
「それがすごいのです。鴻池家はお天子さまやお公家衆ともつながりがあるそうで、天を取った猫には有栖川(ありすがわ)家から『天下一禰古末(ねこま)』の称号をいただけるとか……」
「ヒナが天を取ったらいいですね」
「取りますとも!」
 園が言うと、ヒナは腕のなかで、
「みゃー」
 とやる気なさそうに鳴いた。
「では失礼します……じゃない!」
 園は店を出て行きかけて自分で自分にツッコんだ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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