連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「おお、思い出した。掏摸(ちぼ)の半平か」
 半平はあわてて、
「しーっ、お静かに願います。とうに足洗いましたがな」
「そうだったな」
 半平は、二つ名が間抜けというぐらいだから、腕はまるっきりだ。天神祭(てんじんまつり)の雑踏のなかで酔客のふところを狙ってドジを踏み、袋叩きにされているところを皐月が助けてやったのだ。会所(かいしょ)に連れていき、身の上を聞いてみると、十五のときにグレて掏摸の仲間に入ったが、あまりに下手なので親方に破門され、それからはひとりで細々と仕事をしてきたが、うまくいったことは一度もないのだという。さすがに皐月も同情して、掏摸は捕まると入れ墨、罪を重ねると死罪と決まっているが、足を洗ってまっとうな職に就くなら今度ばかりは見逃してやる、と言うと、当人も掏摸稼業はもう無理だと思っていたらしく、ふたつ返事で、
「やめます」
 と応えたのだ。今は玉屋町(たまやまち)に住み、桶屋の職人をしているという。
「それで、わしになにか用か」
「お耳に入れときたいネタがおます。もしかしたら旦那の手柄になることかもしれまへん」
「聞こう」
「――鴻池はんが猫合わせというのを催すゆう話、聞いてはりますか」
「猫合わせ? なんだそれは」
「大坂の猫のなかから一番ええのを決めるそうだすわ」
 皐月はため息をついた。海坊主に槌転びときて、今度は猫合わせとは……馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「金持ちはくだらぬことをするものだな。あまりに呑気すぎる。そのような催しは取り締まってやればよい」
 もちろんそんなことはできない。鴻池家には諸大名も頭が上がらないのだ。それもこれも金の力である。
「まあ、日本一の金満家の遊びですわ。――その猫合わせに、常珍町(じょうちんまち)の寝甲屋甲兵衛(ねこやこうべえ)という畳屋の主が飼い猫を出すらしいんだす」
 寝甲屋なら皐月も知っていた。かなりの大店(おおだな)である。半平の住む玉屋町は常珍町の隣だから、小耳に挟んだのだろうと皐月は思った。
「それがどうした。猫合わせに猫を出すのは勝手だろう」
「寝甲屋は、もともと初代の甲兵衛が峰屋(みねや)甲兵衛ちゅう屋号で畳屋をはじめたんだす。客は峰甲(みねこう)、峰甲と呼んでいたのが、いつのまにか縮まって『ねこ』になった。そこで、猫も寝やすい畳ゆうことで、屋号を寝甲屋に変えたんだす。その縁で、看板も大きい招き猫が畳のうえに座っとるところでおますし、逸物の猫をぎょうさん飼うとります。せやから、屋号にかけてもなんとしてでも猫合わせの天を取りたい、そのためには手立ては選ばん……ゆうて、金に糸目をつけず、大坂中のええ猫を買いあさってるらしゅうおます」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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