連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「それでは飼い猫とはいえぬだろう」
「三日でも飼えば飼い猫は飼い猫だっさかいな。とにかく鴻池の猫合わせで一番になって、有栖川家からなんとかいう称号をもらい、商売に箔(はく)をつけたい……とこういうわけですねん」
「ふん! やりたいやつにはやらせておけばよかろう」
「ところが、ここにもう一軒ネコ屋がおますのや」
「ほう……」
 皐月は少しだけ興味をひかれた。
「天満(てんま)の今井町(いまいちょう)に根子屋と書いてネコ屋と読ませる植木屋がおます」
「ああ、舟番所の近くだな。あそこも寝甲屋ほどではないがそこそこの店構えだ」
 皐月はその店も知っていた。植木職人が忙しそうに出入りしているのをよく見かける。
「根子屋も、屋号の読みから盆栽を持つ猫の絵を看板にしておりまして、猫へのこだわりは半端やない。今の主の嘉右衛門(かえもん)は毛並のええ三毛猫が自慢でな、その猫なら天に抜けるかもしれん、と近所ではもっぱらの評判だした。近頃、商売が左前やそうで、そのもやもやを吹っ飛ばすためにも、なんとか猫合わせで勝ち抜けたい、と言うとりましたそうで……」
「寝甲屋と根子屋の争いか。面白いではないか」
「寝甲屋甲兵衛は、はじめのうち、皆が腰を抜かすような凄い猫を手に入れた。これで天に抜けることは間違いない、と豪語しとりましたんやが、あるとき急に、大坂中の上品(じょうぼん)の猫を手当たり次第に買い集めだしたらしい」
「なにかあったのかな」
「そんなさなか、寝甲屋甲兵衛が根子屋へこっそりやってきて、あんたとこの猫を三十両で譲ってくれ、と言うたらしいんだ」
「なんだと」
「商いがうまく行ってないときに三十両は喉から手が出るほど欲しかったけど、さすがに根子屋の主が断ると、四十両でどないや、あんたもひとの足もと見んほうがええで、欲かいたらえらい目に遭うで、とひどい言い方をされたらしい。カチンときた根子屋が、なんぼ出してもろてもこの猫は売れまへん、猫合わせで正々堂々と勝負しましょや、と言うと、そんなしょうもないババ垂れ猫でうちの猫に勝てる気遣いはないけど、あんたとこも店が傾いてるて聞いたさかい、仏心で買い取ったろと思たまでや、猫合わせでぐうの音も出んように叩きのめしたるさかい覚悟しとれよ、とヤクザまがいの言葉を言い捨てて帰っていったそうだす」
「いくら勝ちたいからといってそれはひどいな。だが……わしに言うてどうする。そのぐらいのことでは町奉行所はなにもできぬぞ」
「それが……根子屋のその三毛猫がこないだ死によりましたんや」
「――なに?」
「まえの日までぴんぴんしてたのが、急に冷とうなってたらしいんだす。それで……もしかしたら寝甲屋が毒を盛ったんやないか、て……」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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