連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「だれがそう申しておるのだ」
「だれ、というか……根子屋の界隈のもんが皆、口をそろえて……」
 皐月は、半平をひとにらみし、
「まことか……?」
「へ、へえ……」
「そうではなかろう。おまえ、もしや根子屋に縁のものか」
 半平は唾を飲み込み、
「へっへっへっ……当たり。じつはわては根子屋の親類ですのや。けど……ようわかりましたな。旦那の眼力、恐れ入りました」
「定町廻り同心をなめるな」
 適当だったにもかかわらず偶然うまく言い当てた皐月は内心鼻高々であった。
「店が苦しいときやさかい、猫合わせで天に抜けたらええ景気付けになるし、もしかしたら鴻池はんと顔つなぎができて、お屋敷の庭木の面倒をみる……てなことになるかもしれん、と親類一同力を入れてたら、こんなことになって……。わては寝甲屋甲兵衛のしわざやと信じとります。当代の甲兵衛はろくな評判を聞かん男だすねん。けど……証拠はなにもおまへんのや」
「それでわしを焚(た)きつけて、寝甲屋を召し捕らせようとしたのだな」
「そうですねん。なんとか旦那のお力で寝甲屋を恐れ入らせてもらえまへんか。叩けばなんぼでも埃(ほこり)の出そうなやつだっせ」
「馬鹿めが。証拠もないのに町奉行所が軽々しく動けるか。もし、寝甲屋がなにもしていなかったら、わしの落ち度となる。八幡さまの出世にも響く。それにわしは今忙しいのだ」
「なんぞ御用をお抱えですか」
「まあ、そういうことだ」
 海坊主を探さねばならぬのだ、とは言えなかった。
「とにかく猫が一匹死んだぐらいのことではわれらは動けぬ。ひとが傷つけられたり、死んだりしたなら、また来るがよい」
 半平は恨むような目つきで、
「ひとが傷ついたり、死んだりしてからでは遅い。そうなるまえにそれを防ぐのも町奉行所の役目やおまへんのか」
「なんとでも言え。金持ちのつまらぬ道楽にかかわる気はない」
 がくりと肩を落として去っていこうとする半平に、少し言い過ぎたかと思った皐月同心は言った。
「待て、半平。町奉行所は動けぬが、代わりに動いてくれそうな男を教えてやろう……」
 皐月は半平にある名を耳打ちした。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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