連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 大七とともに家に帰ると、園が飼い猫のヒナの首に桃色の布でできた首輪を巻いていた。大きな鈴がついている。ヒナは、皐月の顔を見ると、
「ふぎゃっ!」
 と鳴いた。
「これ、ヒナ。そんなお行儀の悪い声を出すと、下吟味に通りませんよ。――父上、すみませんが父上がいらっしゃるとヒナのしつけができませんので、お部屋に入っていてください」
 皐月は不機嫌に、
「わしは一家の主だ。なにゆえ猫のために部屋に閉じこもらねばならぬ」
「ヒナは、おのれがこの家の主だと思っております」
「そんなことは知らぬ。だいたいその『下吟味』とはなんのことだ。それに、なにゆえ猫を飾りたてている」
「今度、鴻池家の肝煎りで『猫合わせ』があるのです」
「な、なに? どうしてそれを……」
「そこにヒナを出すつもりなので、ただいま猫の寺子屋に通わせております」
「猫の寺子屋? そのようなこと、わしは聞いておらぬぞ。猫を着飾ったり、寺子屋に行かせたりすることは無用だ。金もかかる。すぐにやめなさい」
「私のお小遣いでやっております」
「もとはわしの金……うわあっ!」
 ヒナが顔に飛びかかってきたので皐月は手で払った。ヒナはしなやかな動きで床に下りると、背中の毛を逆立て、
「うーふ……うーふ」
 と唸っている。
「どうせ猫合わせで天に抜ける猫は決まってお……こらっ!」
 ヒナがまたしても皐月に襲いかかった。
「父上のせいでヒナの気が荒くなります。お部屋へ……」
「言われなくとも参る! こんな猫……そのうち捨ててやるからな!」
 大七から風呂敷包みを受け取ると、皐月はおのれの部屋に入り、襖をぴしゃりと閉めた。そのあと大刀を刀掛けに置き、書見台に座ると、『化けもの図会』の一巻目を読み始めた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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