連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka



「――というわけだすねん」
 半平(はんぺい)の長い話を、雀丸(すずめまる)は竹を削りながら聞き終えた。足もとには竹の削りかすが山になっている。あとで焚(た)きつけに使うのだ。
「つまり、猫合わせに寝甲屋(ねこや)と根子屋(ねこや)がそれぞれ猫を出品させることになった、と」
「そうだす」
「寝甲屋は、はじめのうちは、凄い猫を手に入れたから勝つことは間違いないと言っていたのに、あるとき急に大坂中の猫を買いあさりだした、と」
「そうだす」
「そして、根子屋の三毛猫を四十両で譲ってくれと言いにきた、と」
「そうだす」
「根子屋が断ったあと、その猫が死んだ、と」
「そうだす」
 半平は上目遣いに雀丸をすがるように見て、
「わてはきっと寝甲屋がやったにちがいない、と思とりますけど、証拠がないさかい町奉行所は動いてくれまへん。皐月(さつき)の旦那も別件で忙しいらしい。けど、皐月の旦那はわてをかわいそうに思うたらしゅうて、『横町(よこまち)奉行に頼め』と言うてくれはりました」
 雀丸はため息をついた。暇だと思われてはかなわない。
「わかりました。でも、証拠がなければ動けないのは横町奉行も同じですよ。むやみにひとを疑うのはよくありません。もしかすると寝甲屋さんは無実かもしれない」
「ほな、どないしたらよろしいねん」
「証拠を探しましょう。ちょうど私も天満(てんま)の空心町(くうしんちょう)に行く用があるのです。根子屋さんのある今井町(いまいちょう)は通り道ですから、帰りに寄りましょう。それでいいですか」
「おおけに、おおけに!」
 喜ぶ半平に、
「ただし、なにも出てこないかもしれません。そのときは潔くあきらめてください」
 そう釘を刺した。
 ふたりは浮世小路(うきよしょうじ)から天満へと向かった。
「空心町へは、なんの用だすねん」
 半平がきいた。
「『雀のお宿』という長屋があるのです」
「変わった名前だんな」
 雀丸は、その名の由来をざっくりと説明した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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