連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 ふたりは空心町の長屋に着いた。河野四郎兵衛は、入り口の木戸を修繕していた。相変わらず月代(さかやき)を伸ばし、つぎはぎだらけの着物を着ている。太い眉、ぎょろりとした目、ぼうぼうの無精髭という風貌はまるで山賊だ。腰の大刀は、一見立派に見えるが、じつは雀丸が拵(こしら)えた竹光(たけみつ)なのだ。
「おお、これはこれは雀(じゃく)さん、久しぶりだのう」
「こちらこそご無沙汰しています」
「なにかわしに用か? もう少ししたら出ねばならぬのだが……」
「いえ、こどもたちにちょっとしたお小遣い稼ぎの口を持ってきました」
「そういうことなら大歓迎だ」
 河野は、木戸に取り付けられた板を木槌(きづち)でばんばん叩きながら、
「おおい、手隙のものは皆集まれ! 小遣い稼ぎができるぞ!」
 瞬く間に大勢のこどもたちが集まってきた。河野を上回るぼろぼろの格好の子たちだ。手に手に焼き芋を持っている。河野はそれを見て、
「焼き芋とは豪勢だな。だれかにもろうたのか」
 ひとりが、
「とっちゃんがみんなの分買(こ)うてくれたんや」
「とっちゃん……?」
 河野は首をかしげた。
「近頃はこどもが増えすぎてな、わしもひとりひとり名を覚えられんのだ。とっちゃんというのはだれのことだったかな」
「先月お宿に来た豊吉(とよきち)や」
「ああ、あいつか。思い出したわい」
 河野の話によると、豊吉というのは、食い詰めた浪人が連れていた男児である。父親は西国から江戸に出てひと旗上げるつもりだったようだが、大坂で患いつき、死んでしまった。ひとりになった豊吉は、寺の縁の下に寝泊まりしながら物乞いのような暮らしをしていたが、先月、大川で魚を掬(すく)っているところをお宿のこどもたちが見つけ、ここへ誘ったのだという。
「これだけの人数に焼き芋を買い与えるとはかなりの金がいる。どうやって工面したのだ」
「さあ……拾た、て言うてたけど」
 こどもたちは美味(うま)そうに焼き芋を頬張りながらそう言った。
「豊吉は今どこにいる」
「さあ……あいつ、ふらっと二、三日どこかに行って帰ってけえへんことたまにあるからな」
 河野は皆に向かって、
「おまえたちに言うておく。落としものは落とし主に返さねばならぬ。道で金を拾うても、それはおまえたちのものではないから使(つこ)うてはいかんぞ。わしのところに持ってくるのだ。町役を通して、町奉行所に届けてやる。もし、落とし主が見つからねば、そのとき町奉行所からお下げ渡しになる。そのときはじめて落としものは晴れておまえたちのものとなる。勝手に使うたら、お仕置きになるのだぞ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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