連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 こどもたちは顔を見合わせ、
「えー、ほな、この焼き芋どないしよ」
「しゃあない。このお芋をお上(かみ)に届けよか」
「もう半分食べてしもた」
「わたいはみな食べてしもて、ヘタしか残ってへん。このヘタをお上に……」
 河野は苦笑いをして、
「芋はもうよい。その分はわしが町奉行所に埋め合わせしておくゆえ、ゆっくり味わって食え。――豊吉を見かけたらわしに知らせるのだぞ」
「えっ、とっちゃん、叱られるのん?」
「安堵(あんど)せよ。拾うたものはネコババしてはならぬ、ということを説いてきかせるだけだ。――雀さん、この子らに小遣い稼ぎというのはなんのことかな」
 雀丸は進み出て、
「源八橋(げんぱちばし)の手前ぐらいに土ノ坂というところがありますよね。あそこに槌転びが出るという噂を知っていますか」
「知ってるー」
「聞いたことあるー」
「胴の太い、変な蛇やて」
「坂を転がってくるらしい」
「怖いなー」
「なにが怖いねん。俺やったら捕まえて付け焼きにして食うたるわ」
「えー、俺は焼き芋のほうがええなー」
「そやなー」
 口々に言うこどもたちに、
「槌転びを見た、というひとを探し出して話を聞き、私に知らせてほしいんです。ひとりにつき五文払います。どうですか?」
「やるやる!」
「五文やったら焼き芋買えるわ」
 河野四郎兵衛が大声で、
「おまえたち、嘘はいかんぞ。まことに槌転びを見たというものを見つけるのだ」
「はーい」
 こどもたちは聞き分けよく返事をした。
「では、わしはこれで失礼する。これから用心棒仕事の打ち合わせに参らねばならぬのだ」
「ほう、どちらまで?」
「知っておるか。もうじき鴻池(こうのいけ)の本宅で猫合わせなる催しがある。うちの猫こそ一番と思うておる大坂中の猫好きが自慢の猫を出品するらしいが、天に抜けそうだ、と下馬評かまびすしい寝甲屋甲兵衛(こうべえ)という畳問屋がおってな……」
 雀丸と半平は顔を見合わせた。
「その屋敷では、大金を投じて集めた逸物の猫がたくさん飼われておる。猫合わせに出る連中のなかには、ほかの猫を毒殺してでも勝ちたい……と考える邪(よこしま)な輩(やから)もおるかもしれぬ。そういうものから猫を守るために寝甲屋に雇われたのだ。ははははは、つまりは猫の用心棒というわけだな」
 すると、こどものひとりが言った。
「先生、この長屋にも猫おるで」
「おお、そう言えばそうだな」
 河野は雀丸たちに向かって、
「つい先日だ。黒猫が一匹、ここに迷い込んできたのだ。あちこち怪我をして、血を流しておってな、毛がごっそり抜けている。尻尾もふたつに割れていた」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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