連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 河野四郎兵衛がこどもたちに聞いた話では、青物市場で屑(くず)野菜をあさっていた野良猫らしいが、青物市場に勤める若い衆たちが、
「猫又や。祟(たた)りに来よった」
「棒で叩いて追い出せ」
「やっつけろ」
 などと乱暴したため、大怪我をしたのだという。河野はあわてて道隆(どうりゅう)のところに連れて行った。能勢(のせ)道隆は樋ノ上橋(ひのうえばし)の近くに住む気のいい医者である。貧乏人からは薬代を取らぬ。もとは馬医者なので猫の治療にはうってつけだ。道隆の治療によって黒猫はすっかり健康を取り戻したらしい。「コマタ」と名付けられたその猫はこの長屋に居つき、皆がかわるがわる世話をしているそうだ。
「生まれついての野良猫ではなく、もとはだれかに飼われていたふしがある。ずっとうちの長屋に置いておきたいところではあるが、まえから飼っておる犬のゴン兵衛とどうも相性が悪うてな、毎日朝から喧嘩をしてあちこちに暴れ込むので、近所からも苦情が出ておる。それに、放し飼いにするとまたぞろ猫又だ妖怪だといじめられそうだ。どこか屋内で猫を飼える良き引き取り手がおれば、差し上げたいところなのだが……」
「かわいそうな話やないか」
 半平は猫に同情したようだった。
「よっしゃ、わてがその引き取り手を探したるわ」
 こどもたちは半平のまわりに集まり、
「おっちゃん、頼むわ」
「ええとこ見つけてきてや」
「でも、またコマタに会えるように、近所がええな。あんまり遠くは嫌や」
 河野が出て行ったあと、雀丸と半平はこどもたちの先導でコマタという猫に会いにいった。
「あ、いたいた。おーい、コマタ!」
 三軒長屋の真ん中の家にその黒猫はいた。暗がりのなかでうずくまり、こちらを見ている。顔が餅のようにふっくらとしていて、福々しい。皆の世話の甲斐あってか、ごっそり抜けていたという毛も生えそろい、黒々とした毛並は一点の濁りもなく、惚れ惚れするぐらい美しく、艶やかである。聞くと、こどもたちが近所を回り、餌用の食べものをもらっているらしいが、
「あんな猫又になんで餌やらなあかんねん。関わり合いになって祟られたらかなわん。帰ってんか」
 と断られることが多いそうで、そういうときは自分たちの食事を分けているという。今、雀のお宿のこどもの数は六十人を超えているらしく、全員に行きわたるだけの食事を確保するだけでもたいへんなはずなのに、そのなかから猫に分け与えるというのは育ちざかりの彼らにとってかなりきついはずだ。そのとき、雀丸はふと、園が飼っているヒナのことを思い出した。猫の寺子屋に通い、高価な玉子やイワシ、サバ、豆腐などを与えられ、毛づくろいもしてもらえる。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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