連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

(猫もいろいろだな……)
 そんなことを雀丸が思ったとき、
「ええ猫やがな! 掃き溜めに鶴ゆうやつやな」
 感に堪えぬように半平が言った。
「鶴やないで、おっちゃん。猫や」
「わかってるわい。ここまできれいな黒猫は珍しいな」
 ほめられていることがわかるのか、コマタは「みーや」と鳴いて、土間に下りてきた。
「たしかに尻尾が割れていますね」
 雀丸が言った。近頃の猫は尾が短いものが多いが、この猫は尾長で、しかも先端がふたつに分かれている。それが先天的なものかどうかは雀丸にはわからなかった。
「よし、おっちゃんがおまえの飼い主、見つけたるさかい、それまで犬と喧嘩せんと、おとなしゅう待ってえよ」
 半平がそう言ったとき、外からものすごい勢いでなにかが飛び込んできた。茶色い犬だ。
「がうがうがうがうがう……!」
 牙を剥き出しにして吠えるその犬は、まっしぐらにコマタを目指す。コマタは逃げると思いのほか、犬に向かって突進していき、いきなりその鼻づらを引っ搔いた。犬は悲鳴を上げ、コマタはしてやったりという顔で「アーッ!」と鳴いた。犬は今度こそ嚙みつこうとコマタを追うが、コマタはぎりぎりのところでするりと体をかわして逃げる。完全に犬の動きを見切っているのだ。そのうちにコマタと犬は狭い長屋の一室のなかでぐるぐる追いかけっこをはじめた。狭すぎて、どちらが追いかけていてどちらが逃げているのかもよくわからない。障子を破り、茶碗を割り、水桶を倒し、灰神楽(はいかぐら)が上がり、室内がめちゃくちゃになったころ、ようようこどもたちが犬と猫を引き離した。
「な、わかったやろ?」
 こどものひとりが半平に言った。
「これやから早(はよ)う飼い主探してほしいねん」
「わ、わかった……」
 半平はうなずいた。
 雀丸と半平は、谷町筋(たにまちすじ)を下り、今井町にある植木問屋根子屋に向かった。盆栽を抱えた大きな猫を染め抜いた暖簾(のれん)をくぐると、広い土間にさまざまな植木が並べられ、空の植木鉢が積み上げられている。なんとなく空気がどんよりしていて、薄暗いような気がする。
「ごめんなはれ。わてだす。半平だす」
 なかから番頭らしき男が出てきた。
「おお、半平どん。久し振りやな。――そちらのお方は?」
 雀丸は頭を下げ、
「横町奉行の竹光屋雀丸と申します。こちらの猫さんが亡くなった件で参りました」
「え? 横町奉行? ちょ、ちょっとお待ちを。今、主(あるじ)は奥でふせっとりますのやが、すぐに起こして参ります」
「ご主人はお身体(からだ)の具合が悪いのですか」
「そういうわけやないんですが、商売があまり上手いこと行ってないところへさして、鴻池さんの猫合わせに出すつもりやった猫が急に死んだのがよほどこたえたらしゅうて、がっくりきてしまいましてなあ、それからは寝たり起きたりだすねん」
「それなら、お店まで来ていただくにはおよびません。ご主人の都合さえよければ、私たちが奥へ参ります。寝たままでけっこうですから、二、三、うかがわせてくださいませんか」



     6    10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
Back number
第八話 鴻池の猫の巻3
第八話 鴻池の猫の巻2
第八話 鴻池の猫の巻
第七話 鬼の霍乱(かくらん)の巻3
第七話 鬼の霍乱(かくらん)の巻2
第七話 鬼の霍乱(かくらん)の巻