連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「そうしていただけると助かります」
 番頭は丁稚(でっち)を呼び寄せると、主に雀丸たちの来訪を告げるよう命じた。まもなく丁稚も戻ってきて、
「主は奥の座敷におります。どうぞお上がりを……」
 雀丸と半平は丁稚に案内されて奥座敷に入った。主の嘉右衛門(かえもん)は布団のうえに正座していた。
「寝たままでよろしいんですよ」
 雀丸が言うと、
「いえ、病気というわけやないので、ただの怠け癖だすわ。これまで猫は何遍も看取ってきましたけど、こないに気落ちしたのははじめてだ。わてももう歳(とし)だすなあ……」
 五十半ばの嘉右衛門は痩せた胸もとを搔き合わせてそう言った。
「けど、よう来てくれはった。わても、あまりに急に死んださかいおかしいとは思たんだすけど、なんの証拠もないよって、あちらさんにねじ込むというわけにもいかず……」
「あちらさんというのは寝甲屋さんのことですか」
「へえ……わては猫好きに悪人はおらんと思とりました。せやさかい、甲兵衛さんもそこまでするお方やない、と信じとうおますけど、いろいろ噂(うわさ)を聞くにつけ、もしかしたら、と……」
「猫は、お医者に診せたのですか」
 だとしたら、その医者にきけば、毒殺されたかどうかわかると思ったのだ。
「朝は元気やったのが、昼過ぎに見たらもう死んで、冷たあなっとりました。医者に診せる暇もおまへなんだ」
「猫の死骸はどうしました?」
 死骸を調べればなにかわかるかもしれないと思ったのだが、
「すぐにうちの檀那寺に持っていって焼いてもらいました」
「え? 猫をですか?」
「今は猫の葬礼(そうれん)を出すひとも増えとりますし、墓を建てるひともいてはります。わても、小さい供養塔を建ててやりました。――おっしゃりたいことはわかりますけど、あのときは、まさか毒を盛られたとは思とりまへんでしたさかい……」
「そうですか」
 となると、手の打ちようがない。
「その日、店のまわりで怪しいやつを見かけたりしませんでしたか」
「それだすねん。店を開けてすぐに、店のなかで頬かむりをした男がしゃがみ込んで三毛の頭を撫(な)でてたので、うちの丁稚(こども)が声をかけたら、出ていったそうでおます」
「怪しいなあ。その丁稚さんはおられますか」
「へえ、うちは今、丁稚はひとりしかいてまへんのや」
 嘉右衛門が手を叩くと、さっきの丁稚が顔を出した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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