連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

(でも、背中に「仏」ではじまる文字の入れ墨をしている男……ということで聞き込んでいけばなにかわかるかも……)
 そんなことを思ったとき、
「こんなときになんやけど、嘉右衛門旦那、もう猫合わせに出る気はおまへんのか」
 半平が言った。
「出るもなにも、もううちには猫がおらんやないかいな。まえはぎょうさん飼うてたこともあったけど、昔の話や。それに、三毛は逸物中の逸物猫やった。ほかの猫では三毛の代わりは務まらんと思うのや……」
 丁稚が真顔で、
「旦さん、そんなことおまへんて。猫合わせなんかどうでもよろしいがな。どの猫にかて、それぞれその猫にしかない良さを持っとります。また、新しい猫飼うて、遊んで、可愛がってたら、きっと旦さんも元気になります」
 嘉右衛門は驚いたように丁稚を見つめて、
「ほう……玉吉、おまえ、なかなかええこと言うようになったやないか。どの猫にかて、それぞれその猫にしかない良さがある、か。そうかもわからんな。三毛の代わりやと思うからいかんのやな。――半平、おまえ、なんぞ猫の心当てでもあるんかいな」
「そうだっか。じつは、ちょっと変わった猫がいてましてな……」
 半平は、雀のお宿に迷い込んだ黒猫の話をした。
「ふーん……かわいそうな猫やな」
 嘉右衛門は腕組みをしてしばらく考えていたが、
「よっしゃ。その猫、飼うことにするわ。猫合わせに出すかどうかはともかく、猫がおらんようでは根子屋の暖簾に偽りあり、ゆうことになるさかいな」
「おおきに。これで、あのこどもらに顔が立ちますわ」
 雀丸も頭を下げて、
「ありがとうございます。嘉右衛門さんのおかげで猫が一匹、救われました。よろしくお願いします」
「はははは……そんなたいそうな。――こちらこそ三毛のこと、よろしゅう頼みます」
「調べても、毒殺されたかどうかはわからないかもしれませんし、寝甲屋さんが関わってるかどうかも定かではありませんよ」
「わかっとります。三毛のことで、こないして横町奉行さんがわざわざ来てくれた、ゆうだけでわては喜んどりますのや。あんたが調べてもわからなんだら、あきらめもつきます」
 雀丸は主の部屋を辞した。店を出ていくとき、帳合いをしていた番頭が、
「もうお帰りだすか。――三毛の件、なにとぞよろしゅうお願い申し上げます」
 雀丸は、この店で飼われていた猫が皆に可愛がられていたことをひしと感じた。そして、横町奉行としてなにかをしなければ、という気持ちが高まってきた。町奉行所は猫が死んだぐらいのことでは動かない。たしかにあれだけの人数では手が回らないだろう。
(ならば、横町奉行が動こうじゃないか……)
 雀丸はそう思った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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