連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 彼は、半平とともにその足で寝甲屋に向かった。たいそう立派な店構えで、猫をかたどった看板がひときわ目立つ。店のまえには大きな招き猫が幾体も置かれている。根子屋とは異なり、奉公人も多く、活気にあふれている。驚いたのは店先に「当店の猫が猫合わせで天を抜いたあかつきには全商品半額」というビラが多数下げられていたことで、たいへんな気の入れようだ。店に入ったところ、さっそくそこに数匹の猫がおり、客を尻目に悠々と寝そべっている。雀丸には猫の良しあしはわからなかったが、毛並といい顔立ちといい、いずれもかなりの上猫のようだ。店の奥からもにゃーにゃーという鳴き声が聞こえてくるところをみると、もっとたくさんの猫が飼われているのだろう。おそらく餌代だけでも相当の額だと思われた。
「すみません」
 雀丸はイグサを運んでいた手代らしき男に声をかけた。にきび面のその男はじろりと雀丸を振り向き、
「どなたはんだっか。うちは問屋だすさかい、小売りはしまへんで」
「いえ、ちがいます。横町奉行の竹光屋雀丸と申します。番頭さんか主の甲兵衛(こうべえ)さんにちょっとお取次ぎを願いたいのですが……」
「今、一番番頭も二番番頭も猫の寺子屋に出かけてて留守だす。主はおりますけど、忙しいさかいあんたらに会う暇はおまへんわ。伝言があるんなら、手代のわてが聞いたげますけどな」
「猫合わせのことなんですが……」
 男の顔が曇った。
「猫合わせについては一切しゃべったらあかんことになっとります。敵がうちの奥義を盗みにくるかもしれん、ちゅうて厳しく言いつけられてまんのや。あんたら敵の回しもんか? あ、まさかうちの猫に毒食らわせにきたんとちゃうやろな」
 失礼すぎる言い方である。
「なんやと、こらあ!」
 半平がキレた。
「おまえんとここそ、根子屋の三毛猫に毒盛ったんやろうが。盗人猛々(たけだけ)しいとはおまえらのこっちゃ!」
「やっぱりそうか。おまえら、あの植木屋の手先やな。どつきまわしたる!」
「じゃかあしい。甲兵衛を出せ!」
 手代と半平が摑み合いをはじめたので、周囲にいた猫たちはあわてて逃げ出した。
「店が騒がしいようやが、どないした」
 奥から、値の張りそうな紬(つむぎ)を着た初老の男が現れた。腕に、白い猫を抱いている。主の甲兵衛だろう。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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