連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「あ、旦さん、この連中、根子屋の回しもんだっせ!」
 手代が叫ぶと、
「なんじゃと?」
 甲兵衛は目を吊り上げ、
「おのれとこの猫が死んで猫合わせに出られんちゅうて、うちの猫、盗みにきたのじゃろ。そうはさせるか。帰れ帰れ!」
「おまえのとこのカスみたいな猫なんぞだれが盗むか。そんなことせんかて、こっちには逸物の猫がおるんじゃ」
「嘘をつけ。大坂中の逸物猫はわしが買い占めた。残っとるのはしょうもない二束三文の猫ばっかりじゃ」
「ほんまや。おまえが今抱いてる白猫なんか足もとにも及ばんようなええ黒猫を見つけましたんや」
 甲兵衛はにやにやして、
「強がり抜かすな。この猫を超える猫なんぞこの世におらんわい」
「おるんや」
「おらん」
「おるちゅうとんねん」
「おらん」
「おるって」
「おらん」
 こどもの喧嘩である。アホらしくなった雀丸は帰ろうかと思ったが、そのときここに来た目的を思い出した。
「あのー……」
 話しかけようとすると、ふたりは同時に雀丸を見て、
「うるさい!」
 雀丸は、
「いいかげんにしてください。私は横町奉行の竹光屋雀丸と申します」
「なに? 横町奉行じゃと? わしには後ろ暗いところはひとつもないぞ」
「ならばけっこうですが、あなたが根子屋さんの飼い猫に毒を盛った、という噂を聞いたのです。それはまことですか」
「はっ! 証拠があるのか?」
「まずは『そんなことはしていない』と答えるべきだと思いますが、いきなり『証拠はあるのか』ですか」
「揚げ足を取るな。うちには上猫がなんぼでもおるのに、なにゆえ根子屋の猫を殺さねばならんのじゃ」
「では、どうして根子屋さんの猫を四十両で買おうとしたのです?」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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