連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 甲兵衛はぎくりとした顔になったが、
「念には念を入れよ、ということじゃ。そんなこともなかろうが、ぼんくらな行司のなかには根子屋の猫のほうが良い、などと点を入れるものがおるかもしれぬ。そういう芽を摘んでおくためじゃが、また、根子屋が金に困っているという話を聞いたので、助けてやろうという思いもあった。それなのにあやつはせっかくの申し出をはねつけよった。そのうえ、その猫が死んだので、あることないこと言い立てて、わしに難癖をつけておるのじゃろ。それを鵜呑(うの)みにして、わざわざうちにねじ込みにくるとは、横町奉行も馬鹿たれじゃな。言いがかりをつけて、なんぼか小遣いにしようというならお門(かど)違いじゃ」
 またしても半平がまえに出ようとしたので、雀丸はそれを押さえ、
「私は喧嘩するつもりはありません。話をききたいだけなのです」
「それならば話すことはなにもないわい。出ていけ」
「ひとつだけ教えてください。聞いたところでは、あなたははじめ、『皆が腰を抜かすような凄い猫を手に入れた。これで天に抜けることは間違いない』とまわりに言い触らしていたそうですね。それなのに、どうして急に、大坂中の上品(じょうぼん)の猫を買い集めるようになったのですか?」
「…………」
 甲兵衛は黙って雀丸をにらみつけた。
「根子屋さんの三毛猫を買おうとしたのもそのころですね。なにかあったのでしょうか」
「う、うるさい! 出ていけと言ったはずだ。――先生……先生っ!」
 甲兵衛が奥に向かって怒鳴ると、河野四郎兵衛が困ったような顔つきで現れた。
「先生、こいつらは破落戸(ごろんぼう)どもです。もしかしたら猫盗人かもしれまへん。追い出しとくなはれ」
「わかった。わかったからそう大声で怒鳴るな。頭に血がのぼるぞ」
 そう言いながら、河野は雀丸に近寄ると小声で、
「いい加減なときに出ていってくれぬか」
「はいはい、わかりました」
 河野が竹光を鞘(さや)ごと抜き、雀丸の肩先を突くと、
「うわあああ、やられたあ!」
 雀丸はそう叫びながら、いまひとつピンと来ていない半平の腕を摑み、店の外へと連れ出した。
「なんだんねん、これは」
「河野先生のお仕事の邪魔をするのも悪いので、このあたりで引き揚げましょう」
「けど、なんにもわからんままですがな」
「そんなことはありません。いろいろとわかってきましたよ」
 雀丸はそう言った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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