連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 しばらくのあいだ、雀丸は竹光作りに専心していた。納期が過ぎており、昨日、依頼主から矢の催促があったからだ。
「納品日は昨日のはず。一日遅れたら一両ずつ代金から差し引くゆえ、さよう心得よ」
「そ、それは困ります」
「約束をたがえたのはそのほうであろう」
「それはそうですが、あの、その、いろいろと忙しくて……」
「知らぬ。明日また来るからかならず仕上げておけよ!」
「いや、明日はちょっと無理……」
「それは許さぬ。御免!」
 それはそうだろう。横町奉行としての務めが……とかいうのは客には関係ない。というわけで、雀丸は必死で仕事を続けていた。横町奉行などという無償の奉仕をいくらがんばっても、一文も入ってくるわけではない。本業をおろそかにすると、雀丸も加似江(かにえ)も飯の食い上げとなるのだ。
「だいたいできたな……」
 昨夜も徹夜だった。明日にはできあがるだろうが、それには今夜も徹夜しなければならない。雀丸は嘆息しながら銀紙を台のうえで薄く延ばす作業に取り掛かった。腹の虫がぐーと鳴いた。
「昼飯はまだかや」
 奥から加似江が出てきた。そうか、もう昼か。腹が減るはずだ。しかし、飯を炊く時間が惜しい。米を研ぎ、水加減をして、かまどで炊き上げるにはかなり手間も暇もかかる。
「お祖母さま、いつものやつでよろしいでしょうか」
「うむ……しかたない」
 加似江は腰を叩きながら戻っていった。雀丸は、近所のうどん屋でうどんの玉を買ってきて、熱湯で温め直して丼に入れ、削った鰹節(かつおぶし)をどっさり載せて生醤油(きじょうゆ)をかけた。ご飯がないときにいつも作る雀丸の得意料理である。できあがったので加似江を呼ぼうとしたとき、
「雀丸さん!」
 そう叫びながら、ヒナを抱いた園(その)が入ってきた。頬を涙がつたっている。
「ど、どうしました?」
 園は泣きながら上がり框(がまち)に腰を下ろし、
「鴻池家の別宅に、猫合わせの下吟味に行ってきたのです。そしたら……」
「そしたら?」
「うわああん!」
 園が大声で泣き出したので、ヒナは驚いて腕から下りてしまった。
「吟味役の方々によると、ヒナは毛並も、素早さも、顔立ちも、姿かたちも、どれも満点とはいえないそうで……下吟味に落ちてしまいました!」
 それはしかたなかろう、と雀丸は思った。なんといっても普通の猫なのだ。付け焼刃で猫の寺子屋に通わせたりしただけで、もともとはもらってきた子猫だ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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