連載
浮世奉行と三悪人
第八話 鴻池の猫の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「こんなに可愛いのに……! 大坂一可愛いのに! ヒナのどこがいけないのでしょう。かならず天に抜けると思っていたのに……まさか下吟味も通らないなんて! あのひとたちの目は節穴です。猫のことなんかなにもわかっていないと思います。雀丸さん、今から一緒に鴻池家に行ってください」
「え? 私が、ですか」
「はい。ヒナの良さを吟味役に教えてあげてください」
「そ、それはちょっと……向こうは猫に精通している方々でしょうし、それなりの見識をもって選んだのでしょうし……」
「ヒナを侮辱されたのに腹が立たないのですか? ヒナが駄猫だと言うんですか!」
「そんなことは言っていません。園さん、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるでしょうか」
「まあまあ……猫合わせなどどうでもいいと思います。どの猫が一番かを決めても仕方ないでしょう。どの猫にも、それぞれその猫にしかない良さを持っています」
 雀丸は思わず、丁稚の玉吉が言った言葉をそのまま口にした。園はハッとした様子で雀丸を見た。
「それは飼い主にしかわからないことかもしれません。でも、飼い主にとってはおのれの猫がこの世で一番可愛いに決まっています。猫合わせに通った落ちた……なんて騒ぐのは、おのれの猫に失礼ではありませんか」
「雀丸さん……」
 園は雀丸とヒナを交互に見たあと、
「そうですね……。たしかにどんな猫にもその猫だけの良さがあるはずですね。ほかの猫と比べ合って負けたとしたら、その猫がほかの猫より劣るようでかわいそうです。私、もう気にしないことにします」
「ああ、よかった。それでこそ園さんです」
「でも……雀丸さんはすばらしい方ですね」
「な、なにがですか」
「ご立派なお考えをお持ちです。私の沈んだ気持ちをほんの一言で救ってくださいました。どうもありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
 いまさら丁稚の玉吉の言葉をまるまる盗んだのだ、とは言えなかった。
「では、私はそろそろ……」
 昼食(ちゅうじき)を食べて仕事に戻らねば、と言おうとしたとき、
「すんまへーん!」
 入ってきたのは当の玉吉ではないか。顔がうれしげに輝いている。
「雀丸さん、えらいことだっせ!」
 雀丸は、今えらそうに自分が園に言った台詞(せりふ)を聞かれていたのでは、とギクッとした。
「喜んどくなはれ。あの猫が……コマタが……鴻池はんの猫合わせに出られることになりましたんや!」
 園が、玉吉に視線を向けた。雀丸は、しまった……と思った。せっかく落ち着いたのに、そんなことを聞いたらまたぞろ怒り出すか泣き出すのではないか……。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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