連載
浮世奉行と三悪人
第十一話 犬雲・にゃん竜の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka



 三代将軍家光(いえみつ)公の御世、駿河国(するがのくに)にひとりの刀鍛冶(かたなかじ)があった。名を、由比(ゆい)の乙斎(おつさい)という。名工の名も高く鎌倉時代の備前正宗(びぜんまさむね)や戦国末期の関(せき)の孫六(まごろく)にも匹敵する腕と評するものもいた。彼の作る新刀は、脇差(わきざし)であれ太刀であれ佩刀(はいとう)であれ引く手あまたで、皆、金に糸目をつけず、争ってそれを求めた。
 乙斎にふたりの息子があった。兄の名を犬千代(いぬちよ)、弟の名を猫千代(ねこちよ)という。双子で、顔かたちも背丈も性質も、真ん中から切った瓜の左右のように同じだった。同じゆえ、争いが絶えなかった。争いのもとは、いずれが父乙斎の跡目を継ぐかということだった。ふたりとも俺のほうが腕がうえだ、いや、俺のほうが跡取りにふさわしい、と譲らず、いがみ合い、ののしり合い、唾を吐き合い、胸ぐらをつかみ合い……ときには喧嘩(けんか)が大きくなり、刀を抜いての諍(いさか)いに発展することもあった。
 高齢で体調のすぐれない乙斎はおのれの工房の行く末を憂い、病身を押してふた振りの刀を打った。ひとつの鋼(はがね)から打ち出されたもので、ひと振りを「犬雲(けんうん)」、もうひと振りを「南竜(なんりゅう)」と名付けた。いずれも長さにしてちょうど二尺のいわゆる打刀(うちがたな)である。柄(つか)は蛇腹糸の組上巻(くみあげまき)、鍔(つば)は虎の彫刻が入った南蛮鍔、鞘(さや)は呂塗(ろぬ)り……と同じ拵(こしら)えにしたので、ぱっと見ただけではほとんど見分けがつかぬ。しかし、不思議なことに、「犬雲」の平地(ひらじ)には刃文を追って走る犬のような文様が、「南竜」の平地には刃文のうえに座って毛をなめる猫のような文様が浮かび上がっていた。乙斎によると、これは技工でそうしたのではなく、一心を込めたがゆえに自然とそうなったのだそうだ。犬雲のほうはそのままだが、南竜のほうはだれ言うとなく「にゃん竜」と呼ぶようになった。
 乙斎が心血を注いで完成させた二本の刀は、見事な出来栄えであった。彼がこれまでに作った刀剣類のうち、一、二を争う仕上がりになった。あえて銘を入れなかったのは、「ひと目見れば、わかるものにはわかる」という自負からだったそうだ。
 かくして犬雲は犬千代に、にゃん竜は猫千代に贈られた。ひとつの鋼をふたつに分けて打ち出したふた振りの刀をそれぞれが持てば、双子が兄弟仲むつまじく助け合って工房を守(も)り立ててくれるのではないか……二刀には乙斎のそんな思いが込められていたが、結果はうらはらとなった。
 病にもかかわらず、だれの手伝いも拒んで、たったひとりで二本の刀を作り上げた乙斎はまもなく息を引き取った。息子たちは葬儀のあいだこそ神妙にしていたが、すぐにまた諍いをはじめた。父親がいなくなった分、重石が取れたように揉めごとは激しさを増した。もちろんどちらが跡を継ぐかで揉めているのだ。まわりのものも、どちらに加担するわけにもいかず、ただおろおろと見守っているだけだった。
 そして、いつ終わるとも知れぬ兄弟喧嘩に決着がつくときが来た。犬千代が弟子ふたりとともに神社に参詣しているところへ、たまたま猫千代がこれも弟子を連れて現れた。はじめは口喧嘩だったが、互いに相手を誹謗(ひぼう)しているうちに頭に血が上っていき、ついに抜刀して斬り合いとなった。作法に乗っ取った侍同士の果たし合いではなく、憎しみがつのっての決闘である。めちゃくちゃに刀を振り回し、傷つけ合い、しまいにはふたりとも血の海のなかに倒れて死んでしまった。弟子たちも皆、巻き添えになって絶命した。



 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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第十一話 犬雲・にゃん竜の巻2
第十一話 犬雲・にゃん竜の巻