連載
浮世奉行と三悪人
第十一話 犬雲・にゃん竜の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka



 谷町筋(たにまちすじ)を少し入ったところにある生玉(いくたま)神社は、今日も大勢の参詣人で賑(にぎ)わっていた。境内にある茶店は団子が美味いと評判で、老若男女が集(つど)っている。四つある床几(しょうぎ)のひとつに若い侍とその連れの女が座り、団子を食べ、茶を飲んでいた。女は団子が気に入ったのか、空になった皿をかたわらに積み上げている。その横に、小間物屋でもあろうか、小太りの商人がひとり、
「すんまへん、こちらに掛けさせてもらいます」
 そう言って腰を掛けると、団子と茶を注文した。すぐに店のものが盆に載せた団子と茶を運んできて、商人の隣に置いた。さっそく茶を飲もうと湯呑みを手にした商人に、
「待て」
 若い侍が咎(とが)めた。
「へ……? なんでおます」
「おまえが来るまえに我らのほうが先に注文しておった。その団子と茶は我らのものだ」
「あ……さようでございましたか。これは失礼を……」
 商人は湯呑みを置いた盆を、侍のほうに押した。侍は血相を変えて、
「無礼ものめ!」
「え……? なにかお気に障りはりましたか」
「貴様が口をつけた茶を身どもに飲めと申すか。汚らしいにもほどがある。武士を愚弄いたすつもりか!」
「め、滅相もない。口などつけておりまへん。ちょっと持ち上げただけでおます」
「嘘を申せ。身どもは見ておった」
「私もこの目ではっきり見てました」
 連れの女が、団子を食べながらおのれの目を指差した。
「そんな……わてはほんまに飲んでまへんので。おからかいは迷惑でおます」
「迷惑だと? 貴様の唾(つばき)の入った茶を身どもに飲ませようとしておきながら、迷惑とは片腹痛い。抜く手は見せぬぞ!」
 武士は床几から立ち上がると刀の柄(つか)に手を掛けた。女はそちらを見向きもせず一心不乱に団子を食べ続けている。
「お許しくださいませ、なにとぞ……なにとぞお許しを!」
 商人は地面に両手を突いて謝っている。見物人が大勢集まってきて、その床几を遠巻きにしてことの行方を見守っている。侍は薄笑いを浮かべると、
「許してほしいか。そうであろうな。命あっての物種と申す。命はなによりも大事だからな」
「お許しいただけますか」
「いかにも許してつかわそう」
「ありがとうございます!」
「ただし、そのかわりと申してはなんだが、妹と身どもの両名、貴様のせいでいかくに迷惑をいたした。その迷惑料として五両いただこう」
「ご、五両! アホなことを……なんぼなんでも無茶苦茶ですわ。そんな大金、払えまへん。たかだか茶を飲んだか飲まんかゆうだけでアホらしい……」
「なにい? もう一度申してみよ!」
 侍がふたたび刀の柄に指を掛けたとき、
「あいや、そこのお武家。しばらくお待ちくだされ」
 声を掛けたのは、同心皐月親兵衛(さつきしんべえ)だった。



 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。
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第十一話 犬雲・にゃん竜の巻2
第十一話 犬雲・にゃん竜の巻