よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka



 その日から雀丸(すずめまる)は竹光(たけみつ)作りに精を出しはじめた。竹を削って、刀身の代わりを作る。気に入らないと捨ててしまい、一からやりなおす。形はもちろん、重量感を出すためにいろいろと細工をほどこす。もっともむずかしいのは銀箔(ぎんぱく)を貼る作業だ。皺(しわ)が寄ったり、破れないようにするのは当たり前で、鋼(はがね)の持つ重い輝きを土台にしたうえで、本ものそっくりの刃文や鎬(しのぎ)の筋などを表現しなければならない。口に懐紙をくわえ、息をとめながら、細心の注意を払って貼っていく。ちょっと気が緩んだだけで予期せぬ皺ができる。雀丸が欲しているのは、刀と同等、あるいはそれ以上の「鋼の持つ品格」である。しかも、そんじょそこらのなまくら刀ではなく、天下の名刀の持つ品格を銀箔で表そうというのだ。
 耐久性も大事なので、抜いてぶんぶん振り回したぐらいでは破れないようにしなければならない。鞘(さや)や鍔(つば)、柄(つか)、鎺(はばき)、下げ緒などはさまざまな種類のものを用意してあり、それに手を加えていく。これにもよほど手間ひまがかかるのだ。
 雀丸が心血を注いでむずかしい作業に没頭している横でふたりの居候は手持ち無沙汰にしていた。兄の左源太(さげんた)は昼過ぎまで寝ていて、夕方になるとどこかへ出かけていく。たねは、食事をしているときのほかはごろごろ寝ているだけで、なにもしようとしない。起き上がるのは煙草(たばこ)を吸うときか厠(かわや)に行くときだけだ。
「今日の晩ご飯のおかずはなに?」
 仕事中の雀丸にたずねる。
「えーと……厚揚げの煮物とイワシの塩焼き、豆腐の味噌汁です」
「イワシ、もう飽きた。ほかのもんないの?」
「今、忙しくてなかなか料理にまで手が回りません。もしよかったら、お好きなものをご自分で作ってくださってもいいですよ」
「皮肉なこと言うなあ。私が料理できないの知ってるでしょ」
「そうでしたっけ。とにかく仕事が忙しいので……」
「仕事を言い訳にするつもり? いいわ、私、外に食べにいく」
「えっ? それは困ります。もう、あなたたちのツケが溜(た)まっている店からの取り立てで往生しているんです。うどんぐらいならともかく、高い店ばかり行くでしょう?」
「せっかく外に食べにいくんだから、ふだん食べられないものを食べなきゃ意味ない。ケチくさいこと言わないで」
 たねがそう言ったとき、
「こんにちはー」
 入ってきたのは園(その)だ。
「急ぎのお仕事でお忙しいそうですね。陣中見舞いに参りました。少しは休んでください。これ、差し入れです」
 そう言って園は、おはぎの包みを雀丸に手渡した。
「ありがたい。甘いものが欲しいと思っていたところです」
「進み具合はいかがですか」
「かなりできあがりました。鞘や鍔もまあまあの仕上がりです。なにしろ一度しか見ていないので、どこまで本ものに近いかはわかりませんが……」
「早くできあがるといいですね」
 そう言いながら、園は上がり框(がまち)で寝転がっているたねをちらと見た。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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