よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「お仕事のお邪魔になるといけませんから、もう帰ります」
 雀丸は、
「え? まだいいでしょう。お茶を淹(い)れますから、一緒におはぎを食べましょうよ」
 すると、たねが大欠伸(おおあくび)をして、
「いいところに来たわね。あんた、晩ご飯作ってくれない?」
「え?」
「毎日、イワシの塩焼きで飽き飽きしてるの。このひと、忙しい忙しいって、料理を手抜きするし、外には食べにいくなって怒るからさ、あんた、なにか作ってよ」
 園は顔をしかめて、
「あなたが作ればいいじゃないですか。どうして私が……」
「あのさ、私は料理はできないの。あなた作るひと、私食べるひとってわけ」
「料理ぐらい覚えればいいでしょう」
「無理。やる気なし。美味しいやつ、お願いね」
「あなたたちはひとの家に泊めていただいているのに、料理はおろか、洗濯も洗いものも掃除もしないそうですね。布団の上げ下げも雀丸さんがやっているそうじゃありませんか」
「どうしてダメなの?」
「どうしてって……少しは遠慮というものをなさったほうがいいんじゃないですか」
「あははは……遠慮なんかしたら損ばかりしなくちゃならないでしょ。だから……晩ご飯よろしく」
「お断りします。赤の他人の晩ご飯を作ってさしあげるほど私は暇じゃありません」
「ふーん、冷たいんだね。じゃあ、いいよ。そのおはぎ食べるから」
「これは雀丸さんへの差し入れです。あなたたちの分じゃありません」
「このうちへの差し入れでしょ。だったらだれが食べてもいいはずよ」
 たねがおはぎの包みを摑(つか)もうとしたので、園は自分のほうに引き寄せた。たねが包みを引っ張り、園も引っ張ったので、包みが破け、おはぎが土間に転がった。
「うわっ、あんたのせいでおはぎが落ちてしまったじゃない!」
「あなたのせいでしょう。ああ、どうしましょう。もう食べられないわ」
「私は食べるよ」
 たねが落ちたおはぎを拾って、土を払った。
「あっ、ダメです。返して!」
「いいじゃない、あんたは食べられないんでしょ。私は気にしなーい」
「あなたにだけは食べさせたくないんです!」
 雀丸は爆発した。
「うるさーい! 静かにしてください! 気が散って仕事になりません」
 園はしゅんとして下を向き、たねはぷいっと横を向いておはぎを食べている。
 騒ぎを聞きつけて奥から加似江(かにえ)が出てきた。
「なにごとじゃ」
 雀丸が顔を上げ、
「晩ご飯のことでたねさんと園さんが言い合いになったのです」
 加似江はため息をつき、
「くだらぬことで揉めるでない! 出されたものをありがたくいただけばよいではないか」
 いつもおかずにいちばん文句をつけているのは加似江なのだ。
 そこへ、左源太が表から帰ってきた。顔色がすぐれない。たねが、
「どうだった?」
 小声できいた。左源太はかすかにかぶりを振った。たねはため息をついて、
「あんた、ほんとにダメね」
「そんなことより、このあたりを人相の悪いやつらがうろついているようだ。刀がどうこうと話しているのが聞こえた」
「そろそろ潮時よ。ここにいるの飽きたわ。そろそろよそに行きましょうよ」
「出ていきたいが金がない」
 加似江は左源太をにらみつけ、
「おまえさん、毎日、夕刻になるとこそこそ出歩いておるようじゃが、目指す仇(かたき)は見つかったのかや」
「それがその……手がかりがなくて……」
「大坂も広いからのう。焦らずゆっくり捜すことじゃ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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