よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「そのことですがご隠居さま、我ら長年親の仇を追って諸国を経巡(へめぐ)って参りましたが、ほとほと疲れ果ててござる。こちらの雀丸殿が城勤めを辞めて町人となったいきさつを聞き、我らも家名を復興することになんの益があるのか、と考えるようになり申した。いつ見つかるかわからぬ仇を捜していたずらに歳を取るより、このあたりで生き方を変えて、町人となり、残りの人生を送ろうかと……」
「なにを申すぞ。おまえ方には親の仇を討つという立派なあてがあるではないか。気持ちを強く持つことじゃ。目指す仇はきっと近くに、この大坂にいよう。あきらめてはならぬぞ」
「いえ……もう精も魂も尽き果ててござる。まとまった金があれば、西国にでもおもむき、見知らぬ土地で商いでもはじめようかと思うていたところで……」
「ならぬ。そのような考えは親不幸ではないか。わが家を見よ。武士が禄を離れて商売をするというのは生半可な覚悟でできることではないぞよ。見事仇の首を挙げ、親の墓前に供えて、晴れて帰参するのが武士の道。そう思うたからこそ、そのほうどもをわが家に泊め、飯も食わせてやっておるのじゃ」
「それはそうですが……仇は生涯見つからぬかもしれません。そうなったとき、身どもの人生とはなんだったのか……と後悔するに決まっております。それよりも、親には悪いが、面白おかしく日々を過ごすほうがよいのではないかと思うてござる」
「よいか、そのほうたちは今、気が弱くなっておるだけじゃ」
「十分思案したうえでの答でござる」
「たわけっ!」
 加似江は左源太の頰を思い切り引っぱたいた。
「な、なにをなされる!」
「目を覚ませ! 臆病風に吹かれたか! わしはおまえ方の、親の仇を討ちたいという思いに打たれて手伝う気になったのじゃ。なせばなる!」
「はあ……」
「ひとりで捜しているから見つからぬのじゃ。そう思うて、わしが手配りをしておいた」
「手配りとは……?」
「わしの知り合いたちに頼んで、おまえさんの仇を捜してもらうことにしたのじゃ。町奉行所に頼めぬならば、仲間に動いてもらうしかないからのう」
「知り合い……? どのような……」
「もうじきここに参ることになっておる」
 その言葉が終わらぬうちに、
「ごめんなはれやー」
 表から声がした。左源太はびくっと身体をこわばらせたが、入ってきたのが、頭に鉢巻きをして、褌(ふんどし)一丁の裸身に半纏(はんてん)を引っかけたふたりの男とわかって、緊張を解いた。ひとりはのっぽでひとりは背が低い。駕籠(かご)かきの五郎蔵(ごろぞう)と又兵衛(またべえ)である。
「おお、よう来たのう」
 加似江が言った。
「おばんの呼び出しやさかい、吹っ飛んできたんや。なにか用事か」
 続いて現れたのは蘭方医で雀丸の旧友、烏瓜諒太郎(からすうりりょうたろう)と、天満(てんま)の「雀のお宿」という長屋で遺児を養っている河野四郎兵衛(こうのしろべえ)という浪人だ。
「すぐそこで烏瓜殿と会(お)うたのでな、一緒に参った。ご隠居殿、なにかあったのか」
「急病人かと思い、はりきって来たが、ちがうようだな。皆ぴんぴんしている」
「うむ、今話して聞かせる」
 最後に入ってきたのは、大尊和尚(だいそんおしょう)である。下寺町(したでらまち)にある臨済宗の寺、要久寺(ようきゅうじ)の住職だが、金があればすべて酒に注ぎ込む極道和尚なのでいつも貧乏である。額が福禄寿(ふくろくじゅ)のように縦に長く、身体はガリガリに痩せている。白い顎鬚(あごひげ)は、平安時代の女房の髪のように長い。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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