よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「なにごとじゃ。隠居が死んだのかと思ったが、ちがうようだな。引導ならいつでも渡してやるぞ」
 加似江は目を剥いて、
「このとおり、わしは元気じゃ!」
 和尚はまわりを見回して、
「蟇五郎(ひきごろう)も鬼御前(おにごぜん)も来ておらぬのか。薄情なやつらだ」
「いや、地雷屋(じらいや)は商売が忙しいらしいし、鬼御前はなにやら近隣の一家と揉めておる様子ゆえ声をかけなんだ。おまえさんは暇そうゆえ、な」
「なにを言う。わしも忙しいわい。近頃は、谷町(たにまち)の六郎七(ろくろうしち)という極道ものの頭(かしら)が下寺町の寺から月々決まった金を集めようとしておってな、それを断ると子方(こかた)を使(つこ)うていろいろ嫌がらせをしてきよる。怖がって金を払うてしまう寺もあるそうじゃ。そやつらを追い返すのに……」
「なるほど、まあ、忙しかろうが手を貸してくれい。――ここにおる兄妹の侍じゃがな……」
 加似江がふたりの身の上と、仇について詳しく説明した。左源太が迷惑そうに、
「いや、ご隠居さま、今も申したとおり、仇討(あだう)ちはそろそろやめて商いでも……」
 そう言いかけたとき、
「なるほど! ようわかりました。泰平が長(なご)う続くせいで、侍ゆうたかてぬるま湯に浸かったみたいなふやけた連中が多いなか、親の敵討(かたきう)ちとは立派やないか。一丁、力貸しまっせ」
 五郎蔵が力こぶを作った。
「あ、ああ……気持ちはありがたいが、その……」
「ひと捜しなら任しときなはれ。わてらふたり、大坂中を駕籠で流してまんねん。なんとしてでもその仇、見つけまっせえ」
 又兵衛も言った。烏瓜諒太郎も、
「ふむ、俺も今日から気にかけるとしよう」
 河野四郎兵衛は、
「おぬし、剣術の腕はどうだ。あまり修行を積んでおるようには見えぬが、もしよかったらわしが稽古をつけてやるぞ」
「いや、それには及びませぬ」
「はははは、遠慮するな。束脩(そくしゅう)は取らぬぞ。善は急げだ。今、ここで稽古しようではないか」
「身どもは剣術は不調法にて……」
「ならばなおさらだ。さあ、そこにある竹を木刀代わりに持て。筋を見てやろう」
 しかし、左源太は竹を摑もうとはしない。大尊和尚が、
「わしは坊主ゆえ助太刀はできぬが、どちらかが死んだときはうちの寺の墓に埋めてやろう」
 左源太を取り囲んで、皆が口々に好き勝手なことを言う。
「二刀流のほうがええかもわからんな」
「妹さんは薙刀(なぎなた)で」
「薙刀ならわしは得意じゃわえ」
「手裏剣を投げるのも手やな」
「それなら地雷火で……」
 雀丸は立ち上がり、
「うるさいです! 見てわかりませんか! 仕事中なんです! とにかく! 静かに! 気が散ります!」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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