よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「そや、町方の旦那の名前やないか!」
「まるで気づかなんだわえ」
「だれや、悪党っぽい名前とか言うとったのは」
「私ですが、五郎蔵さんも、碌でもない侍と言ってたじゃありませんか」
「そやけど、あの旦那が仇を持つ身やったとは、わからんもんやなあ」
 園が、
「違います。うちの父は小心者で、侍以外を下に見がちで、上にこびへつらい、家族には威張り散らすひとではありますが……」
「やっぱり碌でもないがな」
「ではありますが……酔って刀を抜いてひとを斬るようなことは断じてありません」
「わからんでえ。人間、だれしも魔が差す、いうことがあるさかいな」
「そんな……! 雀丸さんもそう思うのですか」
 園は雀丸に取りすがった。
「そう思うもなにも……だいたい皐月さんは代々、東町奉行所の同心をなさっていた家柄でしょう? どこかの大名家に仕官したことはないはずです。もし、同じ名前だとしたら、同姓同名の別人ですよ」
「あっ……」
 皆はやっとそのことに思い至ったようだ。雀丸は呆(あき)れて、
「ほかのひとはともかく、園さんはすぐに気づくべきです」
「すみません……つい、うっかり……」
 園は顔を赤くしたが、雀丸は、
「いいです、間違いはだれにでもあることです」
 加似江が左源太に、
「おまえ方の仇の名はまことに皐月親兵衛なのか、それともちがうのかどっちじゃ」
「申し訳ござらぬ。間違えました」
「間違えた? 親の仇の名をか?」
「はい。間違いはだれにでもあること。まことは、水無月親五右衛門(みなづきしんごえもん)と申す」
 五郎蔵が、
「まるっきりちがうやないか。どないしたら間違うねん」
「いや、皐月と水無月はたったひと月違い」
 加似江が、
「では、その水無月親五右衛門という侍を捜せばよいのじゃな。――一同、力を合わせてこの兄妹を助けようぞ」
「えい、えい、おうっ」
 皆は勝ち鬨(どき)を上げた。
「では、この竹光屋を本陣といたす。なにかわかったら、ここに知らせてもらいたい。よいな」
 勝手にそう宣言する加似江に雀丸は頭を抱えた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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