よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「また、あんたですかいな。今日はまたなんのご用事だす?」
「こないだと同じ用件や」
「はあはあ、まだあの牛次(うしじ)とかいう三下(さんした)、見つかってまへんのかいな」
「そういうことや。わしも毎日、大坂の安い宿屋やら裏長屋やら、世間狭い連中が潜り込みそうなあたりをうちのもん総出で見回らせとるのやが、足取りが摑(つか)めん。これはどうやらだれぞの家におるようやな」
「ほほう、そうだすか」
 六郎七は細い目をいっそう細め、桃色の唇をなめながら、
「口縄の。もし、あんたが牛次をここに匿ってる、てなことがあったら、これはえらいことになるで」
「どんなえらいことになりますのや」
「うちだけやない。清水の貸元を相手にしての出入りになる。そうなったら、向こうはこれから海道筋をのしていこうか、という勢いのええ若親分や。こんなちんけな一家はひとたまりもないで」
「ひとたまりもないかどうか、やってみまひょか」
「へっへへへ……えらい鼻息やな。けど、所詮は女子(おなご)や。わしらに喧嘩(けんか)売っても勝てる道理がない。そろそろ音を上げて降参したらどや。悪いようにはせんで。縄張りは今のまま置いといたるさかい、わしの妾(てかけ)にならへんか。あんたとわしが組んだら、この界隈、怖いもんなしや」
「あんた、おのれの顔を鏡で見はったことおますか。アホらしい」
 六郎七は舌打ちして、
「とにかく牛次がおるかどうか、ちょっとこの家のなか見せてもらおか」
 鬼御前はちらと兄に目を走らせたが、武田新之丞は目を閉じて壁に寄りかかったままだった。
「そこまでお疑いならこの家、隅から隅まで家捜ししてもかましまへん。そのかわり、もし牛次が見つからんかったら、そのときは……」
 鬼御前はいきなり長いものを引き抜くと六郎七の首の横にあてがい、声を低めて、
「あんたの首……もらうで」
「お、おい、首のうなったら、なにも食えんようになるやないか」
「冗談やないで。あんたの素っ首落とすぐらいなんでもないこっちゃ」
 鬼御前は刃で六郎七の首をつんつんつつく。
「わ、わかった。おまはんの言葉を信じとこ。そないいきがるな」
 鬼御前が長脇差(ながわきざし)を鞘に収めたのを見届けたうえで、六郎七は、
「――言うとくが、わしはお上からこういうもんを預かっとる身や」
 そう言うと十手をちらと鬼御前に見せ、
「わしに楯突いたら、そのうち天満の女牢に入ることになるで。これまでも大勢ぶち込んだったけど、たいがい病にかかって獄死するのや。長いものには巻かれろ、ゆう言葉を聞いたことあるやろ」
「その長いもの、ゆうのがあんたのことやったら、生涯巻かれるつもりはおまへんなあ。谷町の親方、十手と長脇差、両方持つのは重いことおまへんか。そのうち手が腐りまっせ」
「なんやと?」
「あんたのこと、まわりのもんがなんて呼んでるか知ってはりますか。谷町の親方、やのうて、ダニマチや、あいつはダニや、て呼ばれてますのやで。強きをくじき弱きを助けるのが真の俠客。あんたみたいに弱いもんの生き血を吸うさかい、ダニやて言われますのや。嘘やと思たら、後ろにおるあんたの子方に聞いてごらん」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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