よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「ふーん、ひとつの鋼(はがね)から分かれた二本の刀か。それがどっちも今、大坂にあるんかいな」
「たいへんなことになりました。犬雲(けんうん)とにゃん竜を一緒にするととんでもない凶事が起こる、と言われてるんです」
「凶事ていうと?」
「わかりません。天変地異かなにかかもしれない」
「えらいことやがな」
「では、もしかしたら今二階にいる旅人さんというのが、次郎長というひとからにゃん竜を盗んだ当人かもしれないんですね」
「直(じか)にきいたわけやないからわからんけどな。いっときは話もできたんやけど、今また熱が高(たこ)うなってうなされてるわ。医者にも診せたんやけどなあ……」
「それらしい刀を持っていますか」
「それもわからん。あてはあくまで、患(わずろ)うてる旅人を泊めてるだけや。根掘り葉掘りたずねるのは悪いやろ」
「それはそうかもしれませんが……」
 そう言って雀丸は天井に目を向け、
「お兄さん、二階に旅人さんがいるって知っているんでしょう?」
「まあな」
「お兄さん、そのことを六郎七さんに言いませんでしたね。鬼御前さんのことを考えておられるんじゃないですか?」
「あいつにかぎって、それはない」
 鬼御前はにべもなく言い捨てた。

 五日間の格闘のすえ、雀丸は犬雲の竹光をなんとか完成させた。ほぼずっと徹夜だった。できあがったものを見直してみたが、なにしろ原物は一度見たきりなので、はたして依頼主の要求に応えられるほどに似ているのかどうかはわからなかった。しかし、雀丸の頭のなかに転写された犬雲とはそっくりの仕上がりであることは間違いない。念のため、予備としてもうひと振り拵(こしら)えた。刃文が本物に近いほうを選んでもらおうと思ったのだ。
 約束の日に侍はふたたびやってきた。欠伸を嚙(か)み殺しながら雀丸がまず、出来栄えのやや優れた一本を差し出すと、
「うーむ、これか……」
 依頼主の侍は鞘の呂塗(ろぬ)りの按配(あんばい)、柄の組み糸の巻き具合、鍔の彫刻の出来栄え……などをじっくり吟味したあげく、刀を鞘走らせた。
「おお……」
 白刃をひと目見て、侍は感嘆の声を発した。
「これがまことに銀箔か……信じられぬ。まるで氷のごとく冷徹ではないか」
「お気に召しましたでしょうか」
 侍は鎬地を指で撫でながら、
「なるほど、名人よの。皺ひとつない。どう見ても鋼でできた極上の刀だ。しかも、重い。これなれば奈津野由右衛門(なつのよしえもん)の目もあざむけよう」
「ありがとうございます」
「しかも、この犬の浮かび上がるさま……まさにかつて見た犬雲と同じだ」
「それを聞いて安堵しました。もう一本をご覧になりますか」
「いや、これでよい。これは代の残りだ。一本分しか払わぬぞ」
「もちろんそれでけっこうです」
 侍はいくばくかの金を雀丸に渡すと、竹光を腰に差した。
「造作をかけた。邪魔したな」
 踵(きびす)を返して出ていこうとした侍に、
「お待ちください」
 雀丸が声をかけた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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