よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「なんだ」
「いただくものをいただきましたので申し上げます。私が会った奈津野さまは、軽妙洒脱(しゃだつ)で真面目で思いやりのあるご立派な方のようにお見受けいたしました。刀欲しさに同僚をあざむくような卑怯ものとは思えませんでしたが……」
「だまされるな。ひとは見かけによらぬもの、ということだ」
 侍はそう言うと、早足で表に出ていった。途端、雀丸はふらついた。原因はわかっている。寝不足なのだ。
「ふわわわああ……」
 雀丸が大欠伸をしながら、少し眠ろうと奥に入りかけたとき、
「雀丸さん、いてはるかいな」
 ぶらりと入ってきたのは鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)だった。雀丸も見知った手代をひとり連れているだけで、日本一の商人のわりに相変わらず気取ることなく出歩くものだ。
「ああ、善右衛門さん……」
 雀丸は出掛かった欠伸を必死で呑み込んだ。さすがに善右衛門に、
「眠たいので今日はお帰りください」
 とは言えない。その表情を別の意味にとらえたらしく、
「はははは、今日はうちの嬢(いと)のことで来たのやないさかい安堵しとくなはれ。じつは、面白い刀が手に入ってなあ、あんたは刀の目利きやと思うさかい、ちょっと鑑定してほしいのや」
「それは買いかぶりです。私は目利きではありません。そういうことなら私の知り合いに呑気屋呑吉(のんきやのんきち)という男がおりますが、彼ならばどんな刀でも見極めることができると思いますが……」
「そんな御仁がおるのかいな。ほな、お手数やけどちょっとここへ呼んでもらえんやろか」
 雀丸は、近所のこどもに駄賃をやって、呑気屋に使いに出した。運よく呑吉は店におり、四半刻ほどのちにやってきた。
「わしに見てもらいたい刀ゆうのはどこや」
 雀丸が鴻池善右衛門を紹介すると呑吉は目玉をひっくり返しそうになるほど驚いたが、
「鴻池はんがお持ち込みの刀やったら、そらもうどえらい代ものかもしれまへん。心して目利きさせてもらいます」
「いや、それほどたいそうなもんやないと思う。うちの番頭……ほれ、雀丸さんもご存知の弥曽次(やそじ)が商いで駿府に行ったときの土産(みやげ)に買(こ)うてきよったのや」
「拝見いたします」
 呑吉は、手代から受け取った刀を袋から出した。雀丸は驚いた。鞘といい、鍔といい、柄といい……なにもかも奈津野由右衛門のところで見た犬雲に酷似しているのだ。まさかこれは犬雲……と雀丸が言いかけたとき、善右衛門が言った。
「刀身に猫の形が浮かび上がっとりますのや。弥曽次は、わしの好みがようわかっとりますわ」
「猫の形……?」
 雀丸が聞きとがめたとき、呑吉は鞘から刀を抜き、息を止めて刀身を検(あらた)めた。そして、感に堪えぬように首を振りながら、
「間違いおまへん。これは本物の……にゃん竜だす」
「えええっ」
 雀丸は声を上げた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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