よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「鬼御前さんに、この刀のことを聞いたところです。清水次郎長というヤクザの親方が持っていたのを、旅人が盗んで逃げたとか言ってましたけど……」
 呑吉は、
「わても次郎長のところにあると聞いとりましたけど、なんでそれがここにおますのや」
 善右衛門が渋い顔になり、
「そんな曰(いわ)く付きの刀だすかいな。かなわんなあ。――弥曽次は、駿府の古道具屋で安う買うたて言うとったけど……」
 雀丸は善右衛門に、
「この刀の曰く因縁はそれだけじゃありません。ひとつの鋼から打ち出された犬雲とにゃん竜というふた振りの刀がありまして……」
 言い伝えや、二刀を巡る最近の動向などを詳しく説明すると、
「そやったか。凶事を起こすやなんて、えらい怖い刀やないか。なんぞあったらうちの身代がわやになってしまうわ。それに、次郎長とかいうヤクザの親方が、この刀を取り返しに来よるかもしれんなあ」
「そうですね。次郎長と親しい谷町の六郎七という親方があちこち探しているらしいです」
「というて、せっかく手に入った天下の宝をひと手に渡す、ゆうのもおもろない。猫の形が浮かんだ刀やなんて手放しとうはない。――どやろ、雀丸さん。このにゃん竜にそっくりの竹光を作ってもらえんやろか。それを床の間に飾っとくわ。本物は蔵にしまって鍵掛けて、だれにも見せんようにする」
「ああ、なるほど……それがいいかもしれません。ですが、今は寝不足……」
「なるたけ早(はよ)うに頼んますわ」
 そのとき雀丸の頭にひらめいたことがあった。彼は、犬雲の竹光の予備を出してきて、
「これは、にゃん竜の双子の片割れ、犬雲の竹光です。にゃん竜とほとんど違いはありません。この犬の形を猫に改めればよいだけです。それならすぐにできあがります」
 善右衛門は手を打って、
「おお、それでかまへん。お願いでけるか」
「わかりました。にゃん竜をお借りできますか」
 雀丸は、善右衛門からにゃん竜を預かった。眠い。眠いが……働かなくては……。雀丸は、落ちてきそうなまぶたにぐっと力を込めた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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