よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka


 小原(おはら)左源太とたねは、彼らが仇討(あだう)ちを放棄して逃げぬよう見張っている又兵衛たちの目をすり抜けて、ようよう竹光屋から出かけることができた。ふたりが歩いているのは難波(なんば)神社の境内だ。御堂筋(みどうすじ)沿いにあるこの神社の敷地は広く、大勢の参拝客で賑(にぎ)わっている。
「暇だねえ、あの連中」
 たねがそう毒づいた。
「一文にもならないのに、ひとさまの仇討ちの手伝いだなんて、よほど仕事がないんだ。おせっかいやきもほどほどにしてほしいよ」
「そう言うな。気のいい、ありがたいひとたちではないか」
「あんたの言葉もすっかり板についたねえ。今はもうぞろっぺえにしゃべってもいいじゃないかい」
「日ごろから使(つこ)うておらぬと、うっかりぼろが出る。だがな、たね……あれを見ろ」
 左源太は目顔でたねに、狛犬(こまいぬ)の右横を歩いているふたりの遊び人風の男たちに注意を向けさせた。
「あれはこのあたりを仕切っている谷町の六郎七という貸元の子分たちだ。半纏の背中に『谷六』って書いてあるだろう」
「ああ、そうだね」
「六郎七は、清水次郎長と盃を交わしておる。たぶん大坂中をああして歩き回って、刀の詮議をしてるんだろうな。この格好で、女連れでなければ、とうに捕まっていたはずだ」
「ヤバいねえ。そろそろよそへ行かないと」
「金がないと動けぬ。今は竹光屋にいるから飲み食いの心配はないが、このふところ具合では、旅に出たら三日で底がつく。といって、廻状(かいじょう)が回ってるから、うかつに先々の貸元衆のところに草鞋(わらじ)を脱ぐわけにもいかぬ。刀が金になるということがわかったゆえ、これまでは顔が差さぬよう夕刻になれば出歩いて、良さそうな刀を持った侍を物色しておったが、盗っても逃げきれそうな間抜けな侍はなかなかおらぬ」
「あははは……困ったわねえ」
「まるで困っているようには見えぬな」
「私は、今日、美味しいものがたらふく食べられたらそれでいいの。明日のことは考えない」
 左源太はため息をついて、
「身どもはそうはいかぬ。なんとか金を作らねば……」
 すぐまえの茶店の床几(しょうぎ)に、身なりの良い侍がひとり腰を下ろし、煮豆を肴(さかな)に酒を飲んでいる。そこに若い町人が駆け寄り、一言二言かわしたあと、侍に刀を一本手渡した。侍は左右に目を配ると、少しだけ抜いてみて中身を確かめ、財布を出して金を若者に与えた。左源太には、それが一分銀三枚であるように見えた。若者はすぐに走り去り、侍はにやにやしながらその刀を床几のうえに置くと、うれしそうな顔で酒の追加を命じた。
「あの侍、金持ちそうだな」
「そうみたいね。身につけてるものがいちいち高そうだよ」
「それに、今の若いやつ……あれは盗人だな」
「へえ、わかるの?」
「わかる。――ということは、あの刀は身どもがもろうても後腐れのない品だ」
「やる……?」
「やるか」
 ふたりは顔を見合わせてくくく……と笑い、それぞれ別の方向に消えた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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