よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「こ、こ、ここにあった刀を知らぬか!」
 外三郎は茶店のものを振り向くと怒鳴ったが、もちろん知ろうはずもない。すると、別の床几に腰掛けていた商人が、
「刀でしたら、そこにいた娘はんが持っていきはりましたで」
「なに!」
 外三郎は商人に詰め寄ると、
「なぜ止めぬ!」
「知りまへんがな。お侍さんと仲良うしゃべってはったさかい、てっきり知り合いやと思いましたんや」
「どちらへ行った」
「そうだすなあ。たしかあっちのほうへ行きはりましたで」
「あっちだな」
「いや、こっちやったかな」
「こっちか」
「やっぱりあっち……」
 結局わからぬのだ。外三郎は蒼白(そうはく)になったが、もうどうにもならない。酔いもすっかり醒め果てている。ふらふらした足取りで博労稲荷神社の外に出ると、商家の壁にもたれてため息をついた。
「わしとしたことが……。盗み取ったものゆえ町奉行所に願(ねご)うて出るわけにもいかぬ」
 しかし、彼の目的は、奈津野由右衛門から犬雲を奪うことであった。それには成功したのだから良しとせねばなるまい……。そう思ったとき、にわかに外三郎は不安に襲われた。
(もし、犬雲がなくなったと由右衛門が気づいたとしたら、それに匹敵する、あるいは上回る刀を手に入れようとするに違いない。彼奴〈きゃつ〉は剣術道場の主〈あるじ〉だから、名刀を入手できる手立てがあるやもしれぬ……)
 手に入れたばかりの犬雲を失った外三郎は、明日までに今の差料よりも良い刀を探そうと決意した。しかし、国から出てきたばかりの彼には大坂で刀を探す道筋がない。
(そうだ、あの雀丸という男なら刀に詳しかろうし、刀剣商の友人もいる、と申しておった。やつにきいてみよう……)
 外三郎はその足で北へ……浮世小路(うきよしょうじ)へと向かった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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