よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka


「上手くいったねえ。侍なんかちょろいもんだ」
「そうだな。どうやらかなりの値打ちものらしい。これを売れば、当面の足代、旅籠(はたご)代にはなるだろう」
 小原左源太とたねは、盗んだ刀を抱きしめるようにして道を急いだ。
「おあつらえ向きに、そこに古道具屋がある。刀剣類専門と書いてあるな。ここで売ってしまおう。もし、高く売れたら、そのまま旅に出るぞ」
「いっぺん竹光屋に帰らないと……荷物を置いたままだよ」
「馬鹿を申すな。金さえできれば、そんなもの途中で買えばよい」
「それもそうだね」
「身どもが話をつける。おまえはここで待っておれ」
 たねにそう言いつけると、左源太は目についた「呑気屋」という古道具屋に入っていった。狭い店のなかは刀であふれていた。太刀、打刀(うちがたな)、脇差、小刀……さまざまなものが無造作に転がしてある。
「お越しやす」
 のっぺりした丸顔の男が言った。まばたくたびに長い睫毛(まつげ)が揺れる。鼻の下が二寸近くあって、もっさりした顔つきに見える。
「そのほうが主か」
 左源太が言った。
「へえ、さようで。呑気屋の呑吉と申します」
「ここは、刀剣の買い取りをしてくれるのか」
「刀であれば、どんなものでも値をつけさせてもらいます」
「それはけっこう。これを買うてくれ」
 左源太は刀を男に渡した。ひと目見て、主の呑吉は眉をひそめた。
「この刀をだすか」
「うむ。先祖伝来の宝刀だが、急にいささか金が入り用になってな、泣く泣く手放すのだ。手一杯に買うてくれ」
「そのようなお大事のものでしたら、質屋さんに曲げはったほうがええのとちがいますか。お金ができたら受け出すこともできますし、利さえきちっと入れてたら流れることはおまへんさかい」
「それが、身ども、まことに急いでおる。質屋であれこれ掛け合っておる暇がない。おまえのところで値良く買うてもらいたい。品物は身どもが請け合う。天下の名刀だ」
「さようでございますか? そこまでおっしゃるならば拝見いたしますけどな……」
 呑吉は刀を捧(ささ)げ持ち、一礼するとそっと抜き払った。そして、しばらくその刀身を見つめたうえで刀を鞘に収め、
「やはりそうでおました。これは、手前どもでは目が行き届きまへんよって、よそをお当たり願います」
「なに? 目が利かぬと申すか。これはわが家(いえ)に伝来の品で天下の名刀だと申したではないか。身どもの申すことに嘘いつわりはない」
 呑吉はしばらく黙っていたが、
「へえ……存知とります。これはたしかに天下の名刀だす。由比(ゆい)の乙斎(おつさい)が鍛えた犬雲……という刀やと思います」
「犬雲?」
「ご存知やおまへんか。にゃん竜という刀と一対になっておりましな、そのふたつを出会わせると凶事が起きるという不吉な代ものだす。とてもうちのような店で扱えるもんやおまへん」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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