よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「にゃん竜だと……」
「へえ。こないだそのにゃん竜の鑑定を頼まれたところでおましてな。大坂で犬雲とにゃん竜が近い場所にあるやなんて、これはえらいことだすわ。互いが互いを呼び合ってるのかもしれん」
「そんなことはわしの知ったことではない。買うのか買わぬのか」
「それにまあ、この刀、あんた、ご自分の家に伝来の品やて言いなはったけど、わての知るかぎりこれを持ってはるのは奈津野由右衛門とおっしゃるお方のはずだっせ。あんた、どこでこれを手に入れなはった。まさか盗んだんとちがいますやろな」
「無礼な!」
 図星を指された左源太は一喝した。
「これは間違いなくわが家のもの。その奈津野なにがしのところにあるというのは偽物(ぎぶつ)もしくは誤伝であろう。武士に向かって盗人呼ばわりとは片腹痛い。貴様には売らぬ」
「へえ、せやから買えまへんと言うとりますがな。盗品と知って買うのは罪になります。まともな古道具屋ならどんなお宝でも手は出しまへんわ」
「もうよい! よそへ参る」
「うちだけやおまへんで。ちゃんと鑑定のでける刀屋ならば、これが犬雲やいうことはすぐわかりますさかい、大坂はおろかどこへ行ってもこの刀は売れまへんわな。あとは、なんでも扱(あつこ)うとる古道具屋で、そこそこの値段で叩き売るしかおまへんやろ」
「むむ……」
「わても、見てしもたうえは、このことを町奉行所か奈津野先生に知らせんわけにはいかん。そうなったら追っ手がかかる。あんた、早う逃げなはれ。今日一日は黙っといたるわ。あとのことは知りまへんでえ」
「武士に向かって言いたい放題、勘弁ならん。貴様のそのへらず口、この刀で塞いでくれるわ」
「ははははは……いやあ、あんた、ほんまは侍やおまへんやろ」
「う……」
「あんたのしゃべり方も動作も大仰で、侍の役をしてる芝居の役者みたいやな。――どや、わての鑑定は?」
 左源太は大あわてで呑気屋を出た。そこにたねが走り寄ってきて、
「たいへんだよ。このあたりの家を一軒ずつ、谷町の六郎七の子分たちが家捜しをはじめてるよ。大坂中しらみつぶしにやるつもりかもしれない。人数もやたらと増えてる。あちこちの一家に加勢を頼んだに違いないよ」
「くそっ……!」
「それに、そいつらの噂(うわさ)話が聞こえたんだけど、次郎長一家が清水を立って大坂に向かったらしい。きっと六郎七に任していてもにゃん竜を盗んだやつがなかなか見つからないんで、業を煮やして自分が出張る気になったんだ。どうするのさ」
「どうするって……どうしようもねえ。刀を返して謝ろうにも、にゃん竜は駿府の古道具屋に売っちまって手もとにはねえ。六郎七親分は、若い次郎長からの頼まれごとを果たせねえうちに、当人に出てこられちゃあおのれの顔が潰れるってえんで大わらわなんだろうぜ」
 狼狽(ろうばい)のゆえか、左源太はくだけた口調になった。
「それにしても、こいつがにゃん竜と一対の犬雲だとは驚いたぜ」
 左源太はそう言うと、たねに刀が売れなかった次第を説明した。
「ふーん……犬雲ににゃん竜か。不思議なめぐり合わせだね。私たち、この二本の刀に祟(たた)られてるんじゃないのかい」
「犬雲とにゃん竜が出会うと凶事が起きるそうだが、もうそいつが俺たちの身に起きてるのかもしれねえな」
「とにかく逃げなきゃ」
「言っただろ、金がねえから逃げられねえ。姫路辺りでつかまるのがオチだ」
「あの竹光屋、貧乏そうだけどいくらかの蓄えはあるだろう。そいつを搔っ攫(さら)って……」
「おい、あれだけ世話になって、まだあのうちに迷惑かけるつもりか。そりゃあいくらなんでもひとの道に外れてらあ。やっちゃいけねえことだ」
「ははは……あんた、妙なところで真面目なんだから。まあ、そこに惚れたんだけどね」
 どうやらこの女は左源太の妹ではないようだ。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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