よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「私も存分に飲み食いさせてもらったのに、あのおばあと雀丸は好き勝手にさせてくれた。見ず知らずの私たちに、なんていう馬鹿……いや、好人物なんだと呆(あき)れたもんだ。たしかに私も、あのふたりにこのうえ不都合な思いをさせるわけにはいかないと思うよ」
「おめえも妙なところで真面目じゃねえか。俺はそこに惚れたんだ」
「ほんとかねえ」
「ほんとだとも。でなきゃ、一宿一飯の恩義がある次郎長親分から家宝の刀を盗んで叩き売り、二丁町(にちょうまち)の遊郭からおめえを身請けするなんてことはしねえよ」
「そうだねえ。あんたが役者だった時分、侍の役ばかりしてたのが役に立ったねえ。でも、まさか私が武家娘の役をして、仇を捜す兄妹を演じながら大坂くんだりまで旅をするなんて……」
「そういう芝居をやったことがあるんだ。でも、こういう暮らしも面白えじゃねえか」
「ふふふふ……そうだね」
 左源太は自分の腰に差している刀の鞘を叩いて、
「そうだ。雀丸に俺のこの刀を買ってもらおう。それなら搔っ攫うよりはましだろう」
「刀がなかったら、次郎長や六郎七と喧嘩になったときにどうするんだい」
「こっちには天下の名刀犬雲があらあな」
「あんたの腰の刀、いくらぐらいで売れるんだい」
「さあな、おそらく名もない刀だから、二束三文だろうな。今は少しでもいいから金が欲しいんだ」
 ふたりは手拭いで頬かむりして顔を隠しながら、急ぎ足で竹光屋へと戻った。
「おおーっ、戻ってきたか」
 加似江が憤然として、
「どこへ行っておったのじゃ。知らぬ間にふたりともいなくなったゆえ、てっきり出ていったものと思うたぞ」
 雀丸が、
「そんなことはないと言ったでしょう、お祖母さま。荷物が残っておりましたから……」
「とにかく勝手に出歩くでない。わしらがおらぬところで仇と出くわしたら助太刀できぬではないか」
 左源太は頭を下げて、
「じっとしているのも息が詰まるゆえ、妹とふたりで近くを散策しておったのでござる」
「ならばよいが、今後はだれかにひと言申してから出かけるようにせよ」
「申し訳ござらぬ」
 左源太は雀丸に向き直り、
「ところで雀丸殿、身どものこの腰のもの、いくらかで買い取ってはいただけぬか。たいした刀ではない。五両ばかり用立ててもらいたい」
 そう言うと、抱えていた刀を上がり框(がまち)に置き、腰の刀を鞘ごと抜いて差し出した。
「え? 刀を売って、仇討ちはどうするのです」
「新たな刀を入手したゆえ、かまわぬのだ」
「ほう……」
 雀丸は上がり框の刀に目を走らせ、
「良さそうな刀ですね。ちょっと見せてください」
 左源太が差し出した刀を無視して、置かれた刀のほうを取り上げた。
「あっ、それは……」
 制止しようとした左源太の手をかわして、雀丸はそれを抜き放った。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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