よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka


(思わぬ僥倖〈ぎょうこう〉だ。まさかにゃん竜が手に入るとは……!)
 結城外三郎は、奪った刀を抱きかかえて浮世小路をひたすら走った。
(ふふふ……これで明日の果たし合いはわしの勝ちだ。奈津野、待っておれ。明日は完膚なきまでに叩きのめしてくれる)
 高麗橋(こうらいばし)のたもとまで来たとき、振り返って追っ手がいないことを確かめた外三郎はほくそえみながらゆっくり歩き出した。

「アホですね」
 雀丸が言った。
「アホやな」
 鴻池善右衛門が言った。
「アホじゃな」
 加似江も言った。外三郎が奪ったのはにゃん竜の竹光のほうだったのである。

「どこへ行くんだよ!」
 たねの手を引きながら必死で走る小原左源太に、たねが叫んだ。
「さあ……とにかく西だ」
「西? 摂津か、姫路か、岡山か……」
「わからねえ。行けるところまで行くぜ。それしかねえ」
「そんなに強く引っ張っちゃあ手がちぎれるよ!」
「急げ。竹光屋の連中に捕まらねえうちに大坂を出るんだ。ぐずぐずしてたら六郎七一家に見つかっちまう」
「はなっからそうしてりゃよかったんだよ。ぐずぐずしてたのはあんただろ。金がないとかなんとか……」
「おまえには楽な旅をさせてやりたかったんだよ!」
「それはありがたいけど、私はあんたとならどんな苦労もいとわないよ!」
「おたね!」
「あんた!」
 ふたりが道のまんなかで立ち止まり、歌舞伎の道行きよろしく見つめ合ったとき、
「どこに行くんや」
 声のしたほうを見ると、駕籠かきの又兵衛と五郎蔵だ。ぎょっとして反対方向に向かおうとすると、
「敵討ちはどうしたのだ」
 河野四郎兵衛だ。
「わしのところのこどもらにあちこち捜させたが、水無月親五右衛門なる侍は見つからなかった。短気を起こさず、今しばし待て」
「やかましい。待ってられない事情があるのだ。貴様ら、どけい!」
 五郎蔵が、
「どかへん! あんたを逃がしたら隠居に怒られるのや」
「どかぬと……」
 左源太は刀を抜き、又兵衛と五郎蔵と河野を見比べてから、
「でええいっ!」
 又兵衛に斬ってかかった。
「なんでわてやねん!」
 又兵衛は泣き声を上げて逃げ出した。左源太はたねを後ろ手にかばいながら刀をめちゃくちゃに振り回した。河野四郎兵衛が、
「おいおい、なんだ、そのざまは。だから剣術を手ほどきしてやると申したのだ」
「うるさいっ!」
 左源太は、河野に斬りかかると見せて体(たい)をねじり、五郎蔵に襲いかかった。
「ひえーっ」
 五郎蔵は尻餅を搗(つ)いた。このときとばかり、左源太とたねは五郎蔵の身体を踏みつけて逃げ出した。ふたりは西横堀(にしよこぼり)沿いを南に向かって走った。河野四郎兵衛と五郎蔵は途中で脱落したが、信濃橋(しなのばし)が見えてきたあたりで又兵衛が追いつきそうになった。左源太は刀を又兵衛に向かって放り投げた。それが足にからまって、又兵衛は西横堀に転落し、派手な水音を立てた。
「へっ、ざまあみやがれ」
 左源太があざ笑うと、たねも、
「おとといきやがれ」
 手をつないだふたりがなおも道を急ごうとしたとき、どこからか石礫(いしつぶて)がふたつ飛んできて左源太とたねの背中に当たった。ふたりは又兵衛のあとを追うように西横堀川に転げ落ちていった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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